デジタルツインとは? 製造業のサービス化へ
近年、IoTの発展により、あらゆるモノや機器からデータをリアルタイムで収集できるようになりました。そのテクノロジーを活かし、今製造業において注目を集めているのが、デジタルツインです。
デジタルツインは、IoTやセンサ技術などで収集したビッグデータを活用する方法の1つで、現実世界に実在しているモノをデータ化し、デジタル(仮想)空間上に再現、シミュレーションする概念です。
この記事では、設計開発や運用管理のコストの最適化を実現する、デジタルツインのメリットや実例を解説していきます。
リアルを仮想空間へ 「デジタルツイン」とは?
デジタルツインは、直訳すると「デジタルの双子」という意味。その言葉のとおり、現実世界に実在しているモノをリアルタイムでデジタル空間に再現することで、現実世界とデジタル空間にまるで双子のように同じモノが存在することから、そう呼ばれるようになりました。
デジタルツインに注目が集まったのは最近のことです。これまで、デジタル空間に現実世界のデータを再現するにはデータの入力が必要で、その作業には膨大な時間と労力が必要でした。さらにリアルタイムでは行えないことから、デジタル空間における再現性も低いという課題がありました。
しかしIoTの登場で、デジタル化に必要なさまざまなデータを自動で収集できるようになり、しかも収集された膨大なデータは、AIによって自動で分析できるようになりました。情報のデジタル化にともなう作業が大幅に削減されたと同時に、リアルタイムで再現性の高いデジタル空間での構築が可能になったのです。これが、デジタルツインのテクノロジーです。
リサーチ&アドバイザリ企業のガートナー社が2019年に行った調査によると、IoTを導入している組織の13%がすでにデジタルツインを活用しており、62%が導入中か導入予定と回答しています。ガートナー社は「2022年までに、IoTを導入した企業の3分の2以上が少なくとも1つのデジタルツインを本番環境に導入するようになるだろう」と予測しています。それほど、デジタルツインは有効なテクノロジーとして注目を集めているのです。
参考:ガートナー「モノのインターネット (IoT) の実装に関する最新の調査結果」
デジタルツインとシミュレーションの違い
これまでも現実世界のデータを活用した、デジタル空間上でのシミュレーションは行われていました。しかし、デジタルツインは主に下記の点でこれまでのシミュレーションと大きな違いがあります。
・リアルタイムに入手したデータを活用できる
・データの範囲が広がり、サプライチェーン全体に活かせる
・現実世界とデジタル空間を双方向でつなげられる
例えば、耐性テストを行う場合、デジタルツインが登場するまでは「特定の環境下での特定の製品」のシミュレーションをデジタル空間で行っていました。しかし、デジタルツインでは「シミュレーションする環境」そのものをリアルなデータに基づいて再現することができ、さらに製品だけではなく、製造ライン全体のシミュレーションも可能となります。
これまではコストや環境、労力などの問題でシミュレーションできなかった事象も、デジタルツインでは可能になります。その結果、より精度が高く広範囲のデータを取得することができるようになり、製品開発などに活かされるようになります。
サイバーフィジカルシステム(CPS)との関係
デジタルツインと似た概念に、サイバーフィジカルシステム(CPS = Cyber Physical System)がありますので、ここで触れておきます。デジタルツインはデジタル空間上に再現した物理的なモデルであるのに対し、サイバーフィジカルシステムは、データ活用のために構築したサイクルを意味します。サイバー空間と現実世界を一体化させることで、新しいビジネスを提供するサービスやシステムのことを指します。ただし、これらはほぼ同意語としてとらえても問題はありません。
デジタルツインが製造業にもたらすメリット
デジタルツインの導入は、製造業に多くのメリットをもたらします。そのメリットは製品開発のみでなく、サプライチェーン全体やサービスにも活用できるものです。
リードタイムの短縮
1つ目のメリットは、リードタイムの短縮です。デジタルツインの活用によって、製造ラインやサプライチェーン全体の状況把握・シミュレーションが可能になり、生産管理の最適化を常時行えるため、リードタイムの短縮が可能になります。
サプライチェーン全体の可視化によって、改善すべきポイントが見つけやすくなります。スケジューリングや人員配置といった日々の改善だけではなく、次の投資のための判断など、経営層にも役立つ情報を獲得できます。
製品試作・データ収集のコスト削減
これまで、製品の試作は現実世界で行われ、費用・人員・時間と多大なコストがかかっていました。しかしデジタルツインを導入し試作を仮想空間で行えば、試作にかかるコストが大幅に削減できます。
また、デジタルツインは製品の流通後にも活躍します。例えば製品の使用状況やニーズに関するデータを取得できるため、次の製品開発や製品の品質改善につなげられます。マーケティングコストや流通後のデータ収集コストの削減もできるのです。
メンテナンス・保守を効率化
製造ライン全体から常にデータを集めているため、製造工程の不具合や工程内に起こったエラーの原因をすぐに把握し、改善できます。熟練の技術職が時間をかけて行っていたエラーの把握や修理が容易になることで、業務の属人化を防ぎ、業務効率を格段に向上させます。
さらに設備への負荷を把握することで、不具合などを事前に防げるようになるなど、設備全体のメンテナンスも効率良く行えるようになります。
また、製品自体に問題が起こった際には、製造ラインのデータと出荷後のデータを合わせて分析することで、原因をスピーディーに把握できます。設計・原料・製造工程・使い方など多岐にわたる原因の可能性を早急に分析することで、素早い修理や品質改善につながるのです。
サービタイゼーションの推進
デジタルツインを駆使すれば、製品が顧客に渡った後も、使用頻度や使用環境を把握することができます。一律のメンテナンス対応だけではなく、個々のユーザーや企業に合わせたアフターケアが可能になるのです。
こうしたサービスの充実化は、従来のアフターサービスを変革し、サービタイゼーション(サービスのビジネスモデル化)を進めます。例えば、ある航空機のエンジンメーカーでは、エンジンの単体販売ではなく飛行時間単位での課金体系をとっています。販売して終わりではなく、適切なタイミングでの修理・保全・予防を顧客に提供しているのです。
このようにデジタルツインの活用による質の高いサービス提供は、新たなビジネスモデルの創出にもつながるのです。
◎サービタイゼーション、製造業のサービス化とは?事例とともにいま起きている変革を解説
デジタルツインの最新動向を事例とともに紹介
デジタルツインは、すでにさまざまな企業で活用されています。今後もIoTやデジタルツインの発展によって、さらに多くの事例や新しい活用方法が生まれてくるでしょう。
ここでは、2020年現在のデジタルツインの最新動向を事例とともに紹介していきます。
【上海儀電(INESA)】スマート工場へ変革。デジタルツインを人材育成にも活用
カラーフィルターのメーカーである上海儀電(INESA)は、工場全体でデジタルツインを活用し、スマート工場への取り組みを進めています。
工場の建物・設備・機器すべてをデジタルツインに再現し、電力消費量や設備のコンディションを一元的に管理。それまでグラフによってデータ管理を行っていたものを、デジタルツインによって直感的な管理を可能とし、トラブルへの対処を迅速化しました。
また、上海儀電では熟練した技術を持っているスタッフの知識や技術の記録も行っています。人から人へ受け継がれてきたノウハウの継承を、デジタル空間で再現し平準化するなど、デジタルツインのテクノロジーを人材育成にも役立てています。
参考:FUJITSU JOURNAL 『製造業の最新活用事例にみる「デジタルツイン」とは?』
【オカムラ】オフィス家具からデータ収集。環境改善から投資提案まで実施
家具メーカーである株式会社オカムラは、販売後のオフィス家具から収集したデータを活用し、デジタルツインで再現することで新たなビジネスモデルへの取り組みを始めています。
従来、オフィス家具のビジネスは、販売した時点で終了していました。顧客が欲しいモノを提供するという側面が強くあり、物売りで完結するビジネスでした。そこでオカムラは、デジタルツインの活用によって「家具の販売」から「オフィスの空間づくり」までを提案する、新しいビジネスモデルを創出しました。
気温や湿度といったオフィス環境や、オフィス家具の使用頻度といったさまざまなデータを取得し、デジタルツインに再現します。オフィス家具が占めるエリアの占有率や稼働率を分析することで、より良いオフィス環境への改善提案や、投資提案までを積極的に行うよう、営業の変革を進めたのです。
こうした顧客に対するパーソナライズされた付加価値の提案は、リモートワークやフリーアドレス化が進み、多くの企業においてオフィス環境が変わりつつある今だからこそ、より価値のある提案として求められることに期待しているのです。
参考:MONOist 「オフィス家具をIoT化するオカムラ、Azureを使ってデジタルツインの構築へ」
【鹿島建設】設計から維持管理まで、包括的なサービスを提供する事業体へ
大手総合建設会社である鹿島建設株式会社では、企画・設計から維持管理・運営まで、すべてのデジタルツインを「オービック御堂筋ビル新築工事」(大阪市)で実現しました。
ビル風による周辺の環境変化や設備構成のモジュール評価などをデジタルツインのシミュレーションで実行し、そのデータを企画に活用。さらに維持管理・運営まで設計段階のモデルを引き継ぎ、デジタルツインを活用しました。
企画から運営段階までのすべてにデジタルツインを導入することで、スマートオフィス・スマートビルディングの実現や、更新工事の計画作成にデータが活用されるようになりました。建設して終了ではなく、長くオーナーとの関係をつなげる、企画から運営までを包括的なサービスとして提供できる事業体に変革したのです。
参考:DiGiTALiST 『建設業界の未来を変えるテクノロジー「デジタルツイン」』
まとめ
製造業のビジネスモデルや、管理体制に大きな変革をもたらすことが期待されるデジタルツインのテクノロジーは、今後さらに発展し、製造業以外にもインパクトを与えるシステムとなっていくでしょう。
IoTやAIの活用で収集されるデータの活用にデジタルツインは欠かせません。デジタルツインは、モノを売る製造業から、製造業のサービス化を実現し、新しいビジネスモデルを創出するキーワードとなるのです。