物流・流通におけるトレーサビリティシステムとは?
これまで食品業界だけの概念と捉えられていた「トレーサビリティ」(追跡可能性、生産履歴追跡)は、製造業においても常識の概念になりつつあります。製品・商品の不良が起きたとき、原因究明やリコールの判断を素早く下す必要が企業に求められているためです。
しかし、製造履歴や流通履歴を追跡できる状態にすることは、人手不足の製造業において、難しいと言えるでしょう。そこで本稿で紹介したいのが、デジタル技術を使ったトレーサビリティシステム。トレーサビリティシステムは、リスク対策だけでなく、ロスカットやコストカットにも威力を発揮します。トレーサビリティについて、基礎から活用事例まで紹介します。
トレーサビリティが必要とされる背景
食品や製品の生産・加工履歴を詳しく正確に管理することをトレーサビリティと言います。日本語で直訳すると「追跡可能性、生産履歴追跡」となります。
トレーサビリティが注目されるようになった背景には、製品の製造不正などがあります。組織のリスクマネジメントに直結する、抑止・防止の手段としてのトレーサビリティの重要性について、その歴史から見ていきましょう。
自動車や鉄鋼業のリコール
トレーサビリティの重要性は、自動車、鉄鋼業界における製品の欠陥・不具合の不祥事でも表面化しました。リコール制度は、1969年の自動車リコール制度が最初と言われており、製造業では2007年の改正消費者用製品安全法の施行により、製品事故が認められた際、家電製品や住宅設備など多くの製品にリコールが義務付けられました。
リコールが発生した際には、メーカーは迅速に製品の不具合の原因を特定する必要があります。部品にあるのか、原材料にあるのか。そして、それはどの段階、場所で製造・調達されたものか、どれだけ消費者の手に渡ったかを究明する必要があります。そのリサーチは広範囲にわたり、コストも莫大になります。
そのため、部材が消費者に届くまでの追跡が可能なトレーサビリティの重要性が高まっています。
ISO9001とは
トレーサビリティを定義付けて、規格を定める基準として、国際標準化機構(ISO)があります。ISOが定める品質マネジメントシステムの総称を「ISO9000シリーズ」「ISO9000ファミリー」と呼び、もっとも重要な規格が「ISO9001」となります。仕入れから製造、出荷、消費者に届けるまでのルールを定めています。また、ISO9001ではトレーサビリティについて「識別およびトレーサビリティ」と「計量トレーサビリティ」の2つの項目で規定しています。「計量トレーサビリティ」では、日々行っている計測の値が正確かを確かめる取り組みを示すので、本稿では製品状態に関する「識別およびトレーサビリティ」を紹介します。
・識別およびトレーサビリティ
識別とは、ある製品が生産工程やサプライチェーン全体における全工程において、どういった状態にあるのかを誰もが確認できるといった共通認識のことを言います。トレーサビリティでは、この識別を型番や品番にて識別します。識別によって、何かしら問題のある製品の出荷を防ぎ、リコールや不良品回収の効率化が可能になります。企業には、識別のための適切な情報の記録や保管が求められます。
ISO9001は、事業者の利益を最大化することを目的としているため、企業によっては業務改善のお手本になるでしょう。国際規格となっているISO9001の認証が得られれば、社会的な信用力も高まるでしょう。
トレーサビリティが果たす役割
トレーサビリティの重要性を理解しても、管理するには手間も費用もかかります。それでもなお製造業においてトレーサビリティが注目される理由とはなんでしょうか。ここでは、具体的なトレーサビリティのメリットを説明します。
リスク管理
1つ目は、製品・部品不良のリスク管理です。製造中、もしくは製造後に「不具合」、「不良」が判明したときに、消費者に危険を与えうる製品・部品の回収を素早く行うことができます。これは、製品・部品の個体、またはロット単位に識別番号を付与することで可能となります。
欠陥防止対策
リスク管理と同様ですが、製品・部品の「欠陥」が判明したということは、どこかの製造工程で、製造や検査の方法に不備が生じているということです。識別番号を付与することにより、どの工程をいつどのようにたどってきたかが分かれば、不具合の原因究明に役立てることができます。
品質管理
「リスク管理」「品質管理」は「品質管理の維持」に直結します。また管理者が全体の流通工程を細かく追跡できれば、工程ごとの従業員の意識の向上も期待できます。一人ひとりが責任感を持つことで、より緊張感のある現場づくりに寄与します。
企業ブランド
顧客は「安心・安全」を求めて製品選びをします。一企業が、リスク管理の在り方を明確にし、かつ従業員一人ひとりの「品質管理」の意識が高まれば、結果として製品の質が良くなります。これが定着すれば、「顧客を安心させる」企業としてブランドのイメージアップにつなげられるでしょう。
顧客管理
トレーサビリティを追求することによって、顧客管理もスムーズになります。製品は最終的に顧客のもとへ行きわたります。顧客や納入先の情報をシステムで入手できれば、購買傾向が分かるデータが蓄積され、顧客層に応じたマーケティング戦略の立案なども可能になります。
最新のトレーサビリティシステムとは?
企業がトレーサビリティを実現するためには、生産現場で個別の製品情報を識別・蓄積できるようにして、追跡できる仕組みが必要です。この仕組みをITで構築したものを「トレーサビリティシステム」と言います。
トレーサビリティシステムの仕組みには、「トレースバック」「トレースフォワード」の2つがあります。
トレースバック
トレーサビリティシステムでは、製品や部品を個別・ロット単位で識別し、各工程で情報を蓄積していきます。その中でも、すでに出荷した製品・部品の製造記録をさかのぼることを「トレースバック」と言います。流通後に不良が発覚した際、原因となった工程の特定に役立てることができ、すみやかな工程改善に臨めるメリットがあります。
トレースフォワード
一方の「トレースフォワード」は、製品・部品の移動を追跡する機能です。部品の不良が発覚したときに、その部品が使われている製品を特定し迅速に回収できるメリットがあります。リコールや不良品対策に有効です。
トレーサビリティと個人情報保護法
近年、個人情報保護のルールは厳しさを増しています。2017年5月、「個人情報保護法」が施行されたのは記憶に新しいことでしょう。従来は個人情報の扱い件数が5,000件以下の企業は規制の対象外でしたが、改正法により、すべての企業が「個人情報取扱事業者」として適用を受けることになったのです。
トレーサビリティの確保においても、個人情報の取扱い手続きは煩雑化しています。なぜなら製品・部品の追跡ができるトレーサビリティは、ある意味、顧客情報を追うことでもあるからです。従って、経営者やシステム管理者は、顧客の情報漏えいを防ぐ意識も大事にしなければなりません。個人情報を第三者に提供する場合、もしくは第三者から個人情報の提供を受ける場合、受領者は提供者の氏名など情報の取得経緯を確認・記録し、一定期間保存することが求められています。規模大小を問わず、多くの企業は、トレーサビリティを確保して品質管理を高める一方で、個人情報保護法にも細心の注意を払わなくてはいけません。
最新のトレーサビリティシステム、RFIDとは?
トレーサビリティシステムの導入にあたり、近年注目されている「RFID」を紹介したいと思います。
RFIDは、製品・商品情報をシステムに取り込むための新しい技術です。個別情報をコンピュータに取り入れる、または更新する際、これまではバーコードが使われてきましたが、現在その利便性から、RFIDタグが注目を集めています。従来、バーコードの情報をスキャンする際は、従業員がハンディスキャナーをかざして1つひとつをスキャンする方法が一般的でした。そのためバーコードは、製品・商品の外側、人間の目に見える場所に印刷・シールしなければなりませんでしたが、RFIDタグには無線通信の電波を送受信できるICチップが埋め込まれているため、タグが見えない場所に付いている場合でも、遠い距離にある場合でも、リーダーで認識できます。
このRFIDタグの活用が、トレーサビリティだけでなく各企業の生産性向上に役立つとして、官民共同で普及を推進しており、政府高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT戦略本部)の重点計画にも含まれています。
トレーサビリティ活用事例
では、実際にトレーサビリティの活用にはどのような効果があるのでしょうか。事例を紹介します。
手探りだった「製造工程」の見える化が可能に
某製薬会社では、手作業で行っている生産管理のシステム化とシステムのメンテナンス性の低下を課題としていました。そこで、生産基幹システムの構築を目的としたトレーサビリティシステムを導入しました。その結果、業務の効率化や質の向上、高いメンテナンス性による品質改善を実現しました。
データの一元管理によって情報の可視化・共有化
某化学メーカーでは、グループ会社、事業所にて統一されたシステム基盤がなく、業務の属人化や情報連携の非効率が課題となっていました。そこで、システム再構築の基本指針を固め、トレーサビリティシステムの導入によって生産管理・販売物流・原価管理を徹底。これにより、データの一元管理が実現し、情報のリアルタイムでの可視化・共有が可能になりました。属人化業務の排除と業務の標準化、内部統制の促進も進んでいます。
トレーサビリティの活用による業務効率化の事例に続き、RFIDを用いた、より具体的な場面でのトレーサビリティ活用事例を2つ紹介します。
絶対個品管理の徹底により検品ミスが改善
某アパレル製造小売業では、物流現場での人手不足と人件費高騰に頭を悩ませていました。そこで製品の検品作業を効率化するためにRFID化を決意。無線通信でタグを認識できるため、梱包の開閉作業がなくなり、検品作業時間を約20分の1に短縮できました。また、個品管理が徹底できたことにより、検品ミスも改善されました。
容器の紛失・盗難を防止、新規購入ロスが激減
某物流3PL企業では、搬送容器の紛失・盗難がたびたび発生していました。製品を搬送するカートラックやカゴ車、オリコンがなくなれば、その分運べる製品数も少なくなるため、新しい容器を購入しなければなりません。これがロスになるため、同社では、RFIDタグを各種搬送機器約45万個に装着しました。搬送容器の居所を瞬時に把握できるようになり、これまでMAX10%のロスが発生していた紛失・盗難が激減しました。
トレーサビリティの活用には情報の一元化が重要
デジタル技術の進歩により、その在り方も変わってきたトレーサビリティ。製品が生産元から消費者に行きわたるまでの履歴の管理をするにあたって特に重要となるのが、「情報の一元化」です。
情報の一元化により、各工程のすべての情報が1つのシステムで可視化でき、迅速なデータ分析による未然の不具合防止にもつながります。
一元化された情報をより素早く、より便利に管理したい方にオススメしたいのが、タブレット端末やハンディターミナルの活用。デスクトップパソコンでは職場でしか使えませんが、タブレット端末やハンディターミナルなら、外出先や倉庫現場、経営者なら自宅からでも監視、管理が可能になります。また現場でRFIDを取り付けた製品状況を読み取りながら、附属の画面で追跡することができるようにもなります。トレーサビリティと情報一元化をより追求するために、タブレット端末やハンディターミナルの活用を、一度検討してはいかがでしょうか。
まとめ
トレーサビリティは物流・流通業における1つの概念ですので、実際に実務レベルでの業務効率化を目指す場合、どこを改善するべきなのか少々分かりにくいかと思います。しかし、企業の信頼性を失うような不祥事に対して、前もって対策を講じられる重要な概念ということは理解していただけたかと思います。
「人手不足よるリスクの発生」や、「製品管理体制が不十分」など、課題が明確な場合は、RFIDやタブレット端末の活用など、デジタル技術の導入による改善が期待できるでしょう。まずは自社における物流・流通のシステムを、「トレーサビリティ」の視点で見直してみてはいかがでしょうか。