“ウェルビーイング”が
アップデートする
「人生100年時代の働き方」

“ウェルビーイング”がアップデートする「人生100年時代の働き方」 “ウェルビーイング”がアップデートする「人生100年時代の働き方」
Introduction
「人生100年時代」と言われる昨今、人がより良い人生を送るために生まれた価値観として注目されている「ウェルビーイング」。この概念を学問として捉え、昼夜研究に励んでいるのが、予防医学研究者の石川善樹さん。「ウェルビーイング」の思想は、企業のあり方にどのようなアップデートをもたらすのでしょうか。

人生100年時代、これからは病気よりも「健康=最適な状態」に注目すべき

「人生100年時代」と言われる昨今、これからは病気を治すだけでなく、長い人生をいかに健康に過ごすかが課題であると言われています。ですが、そもそも「健康」とはどのような状態なのでしょうか?

実はさかのぼること1948年、WHO(世界保健機関)は憲章前文で「健康とは、単に疾病がない状態ではなく、肉体的・精神的・社会的に完全にウェルビーイング(Well-being)な状態である。」と定義していました。そこから数十年の時を経て、今この「ウェルビーイング(Well-being)」が、新時代の概念としてこれまでにないほど注目を集めています。

ウェルビーイングに関する研究の第一人者である予防医学研究者の石川善樹さんによると「ウェルビーイングとは『最適な状態』のこと」であり、数多の研究者が時間をかけて議論を交わしてきた結果、現在では「人生全体に対する主観的な判断である『満足』と、日々の体験に基づく『幸福』の二項目でウェルビーイングは測定できる。」とされているのだと言います。

「主観的なウェルビーイングを、人生評価とポジティブ/ネガティブ体験という二項目だけで完全に計測することはできないと思います。」と前置きした上で、石川さんはウェルビーイングが社会に与えるインパクトについて指摘します。

「ビジネスの現場でも、ウェルビーイングを測定することで従業員の健康状態とモチベーションを向上させ、業績につなげようという動きは始まっています。例えば、とある企業では従業員のPCに1日1つの質問を表示し、その結果をもとに客観的にウェルビーイングを測定しようとしています。」

そう、「肉体的・精神的・社会的に完全にウェルビーイングな状態」を健康とするならば、それは個人だけでなく社会、そして企業の問題と言えるのです。

さらにウェルビーイングは従業員の働きぶり、つまり業績にも影響してくるとも言われています。では、従業員のウェルビーイングを高めるために、企業は自らをどのようにアップデートすべきなのでしょうか? 石川さんに伺いました。

ウェルビーイングは、企業にどのような「アップデート」をもたらすのか

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石川: 今、働き方改革が進んでいるのはご存じかと思いますが、そこでの政府主導の動きは、主に過酷な長時間労働の削減や健康診断の推奨など“安全で働きやすい環境作り”に向かっています。しかし、その一方で、単純に労働時間を減らせればウェルビーイングが向上するかといえば、そこには疑問が残る部分もあります。

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−−“働きやすい環境”だけではウェルビーイングは向上しない、というわけですか?

石川: ウェルビーイングが「満足」と「幸福」で表されるように、仕事においても「働きやすさ」だけではなく「働きがい」がなければいけないと思います。政府が「働きやすさ」に向かっている一方で「働きがい」がそれぞれの企業の努力に任されている現状があります。例えば、何でもかんでも「働きやすさ」重視で自動化してしまっては、従業員の「働きがい」を奪うことにもなるでしょう。テクノロジーで解決すべきことは解決して、従業員に任せるべき業務は従業員に任せるで、「働きがい」と「働きやすさ」のバランスを取ることが大切なのではないでしょうか。そのバランスについても、私たちウェルビーイングの研究者は入っていく必要があると考え、実際にいくつかの企業と関わっています。

−−企業はどのように「働きがい」を作り、ウェルビーイングの向上に貢献すべきでしょうか?

石川: 日本人には「なぜこの仕事をしているのか」という“意味合い”を実感できれば頑張れるという気質があると思います。その意味合いには2種類あって、1つ目は「今日に対する誇り」であり、2つ目は「明日に対する希望」です。

−−その「今日に対する誇り」と「明日に対する希望」の両方を企業は作るべきある、と。

石川: はい。特に大企業の下請けや、中小企業の従業員にとって辛いのは「会社全体から見ると、自分はコマの1つでしかない。」という意識です。だから「確かに“部分”ではあるけれど、自分は会社を代表している存在だ。今日もこの会社としての務めは果たしたぞ。」という“誇り”と「今日より明日は良くなる。」という“希望”、その両方をどのように作るのかが、これからの企業と経営者に求められていると思います。

−−なるほど。

石川: ふわっとした話ではあります。でも、まずは「誇り」と「希望」に尽き、それが働きがいに通じると思います。遡ると、例えば松下幸之助のような日本を代表する経営者は、その2つを作るのが上手いのではないでしょうか。縁の下の力持ちこそ一番大事にして、みんなの前で褒めていたわけですから。やはり従業員の視点を汲んであげるのは経営者の役割ですよ。

ウェルビーイングを実現するために、企業が従業員に伝えるべきこと

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石川: そして、ウェルビーイングの向上には、長い目で見て考えることが重要だと思います。具体的な話としては、まず知っておいたほうがいいのが「定年を何歳にするのか?」ということです。今は65歳を定年としているところが多いですが、これからは70歳にしたほうがいいと思います。

−−その理由とは?

石川: 年金の受給開始年齢は60~70歳の間で選べるようになっているんです。現在、65歳からの受給開始が一般的となっていますが、60歳から受給するともらえる額が3割減になり、逆に70歳からにすれば4割増となります。

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−−そんなに変わってくるものなのですね。

石川: 人生100年時代の資産形成においてクリティカルなのが、65歳から70歳の過ごし方です。平均寿命まで生きるとするならば、70歳から受給開始にしたほうが総額は多くなります。これってほとんどの従業員は知らないし、ましてや寿命が伸びていることも実感していないのではないでしょうか。人生100年時代と言われていますが、少なくとも平均寿命は90歳を超えると思っておいたほうがいいですよ。

−−平均寿命90歳と言われると、途端に現実味が出てきますね。

石川: 決して一律で「70歳定年に設定すべき」とは言いませんが、少なくともそういう選択肢があるということは企業が従業員に伝えるべきです。それによって彼らのモチベーションが全く変わってくるはずなので。

「今日に対する誇り」と「明日に対する希望」をいかに作るか、そして「長い目で見て考える」ことを従業員にも教えること。企業が従業員のウェルビーイングを向上させるには、これらが基本となると思います。

岡島 悦子 Etsuko Okajima
PROFILE

石川 善樹Yoshiki Ishikawa

1981年、広島県生まれ。東京大学医学部健康科を卒業し、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。予防医学、行動科学などを専門としながら「ウェルビーイング」をテーマに企業や大学と学際的研究を行っている。

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