「目指すべきは“昭和の
アンインストール”」
白河桃子さんに聞く、
今経営者が取り組むべきこと

「目指すべきは“昭和のアンインストール”」白河桃子さんに聞く、今経営者が取り組むべきこと 「目指すべきは“昭和のアンインストール”」白河桃子さんに聞く、今経営者が取り組むべきこと
Introduction
2019年4月の働き方改革関連法の改正により、経営者にとって早急に取り組むべき問題のひとつとなった「働き方改革」。単にコンプライアンスの問題だけではなく、少子高齢化に伴う労働人口の減少が見込まれる現在では、人材確保の観点からも多くの企業がこの課題に取り組み始めています。
しかし、政府の「働き方改革実現会議」の有識者議員でもあるジャーナリストの白河桃子さんは「表層的な働き方改革」に「危機感を持っている」と語ります。
現在の働き方改革に潜む本質的な問題とは? 中小企業とその経営者は実際にどのように改革に取り組むべきなのか? 白河さんに、経営者が変えるべき意識、取り組むべきアクションについて事例を交えて教えていただきました。

「表層的な働き方改革」が企業を滅ぼす。「経営者の覚悟」が必要だ

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−−白河さんは現在の「働き方改革」が「表層的」なものになってしまっていると警鐘を鳴らされています。具体的にはどのようなものでしょうか?

白河: 最も単純な例は「早く帰れ」と言うだけの働き方改革ですね。業務効率化もなくそんなことを言っても、サービス残業が増えるだけです。実際、管理職では1.5倍くらい残業が増えてしまっているとも言われています。これは本質を捉えていない表層的な改革のマイナス部分の代表例です。

−−規模の大小にかかわらず、さまざまな企業で聞かれますね。

白河: 最近は弁護士の方々がサービス残業代を集団請求するという試みを始めていますので、場合によっては業績を下方修正しなければならないぐらいの大きな打撃を受ける可能性もあります。だから「早く帰れ」と言うだけではダメで、ビジネスモデルやその利益構造、制度など、労働時間に関係する根本に向き合って方向に動かないといけません。

−−働き方改革の発端のひとつに、過労死に象徴される長時間労働問題がありました。日本で長時間労働が当たり前となっていた原因とは何なのでしょうか?

白河: 技術革新の起きた高度経済成長期と、人口構成が経済に有利に働く「人口ボーナス期」が重なっていたことが大きな原因です。例えばその時代にはメーカーは長時間働いてテレビをより多く作れば作るほど売れていました。人口ボーナス期は1990年代で終わりました。今は労働人口が少なく、養われる高齢者が多い、「人口オーナス期(人口構成が経済にマイナスに働く時代)」です。必然的に昭和のビジネスが通用しなくなり、そうしたモデルや制度を変えないといけない時期になっているということです。

また、時代の流れが多様性に向かっているという点も見逃せません。例えば、今はテレビを持たずにスマホで番組を視聴している若者も多く、さらに小さな子供になると「うちの子供はYouTubeしか観ません」という事例も珍しくありません。そうしたユーザーニーズの変化に対して、メーカーが今まで構築してきた「経験や価値観において同一性の高い組織」では対応がしにくくなっています。新しいテーマにおいては、組織が長年培ってきた経験や価値観が逆にアイデアの創出を困難にすることがあるのです。つまり「経験や価値観において多様性のある人たちが集まった組織、そしてそれを実現するために多様な働き方に対応した組織」が強みを持つ時代にはっきり変わったと言えます。企業はこの変化についていかなければいけません。

−−大きくは経営者の問題であるわけですね。

白河: 「経営者の覚悟」の問題ですね。本当の働き方改革とは、現場ではなく経営者が「自社の経営課題を突き詰めて経営改革をしなければいけない」という非常に厳しいものなのです。具体的には、今回の働き方改革によって、日本に初めて残業時間の上限(※大企業は2019年4月から、中小企業は2020年4月から施行。原則として月45時間、年360時間、超える場合は年720時間までと定められている。)が導入されたわけですが、そのルールの上で経営できないのであれば、ビジネスモデルごと変えていかないといけません。

変化の時代を前に、経営者は「長時間労働が実現した成功体験」を捨てるべき

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−−「覚悟」を持った経営者は、この大きな変化に対してどのような考え方・認識を持つべきでしょうか?

白河: 今後は「人材」に関しての考え方を変えないといけません。何よりも先に対応しないといけないのが「人材不足問題」だからです。労働人口が減少するこれからの時代、従来と同じ手法では、同じ水準の人材を確保することはまずできません。そこで必要なのは、遠距離で働いてくれる人や、短時間でも働いてくれる人の柔軟な採用です。そうすることで子育てをしている女性で優秀な人材を採用できるかもしれないですからね。このように多様な働き方を受け入れることで労働力を確保する必要が企業側に出てきます。

−−やはり人口問題は大きなインパクトがありますね。

白河: 私は今、経済産業省が主催している「新たなコンビニのあり方検討会」のメンバーでもあるのですが、24時間営業を原則とするコンビニエンスストアのビジネスモデルはまさに「昭和のイノベーション」でした。しかし、近年のニュースで報じられているように、もはやそれが崩壊しているのは誰の目にもはっきりしていますよね。それに加えて、労働力不足による人件費の高騰は、どんなに魅力的な商品を作ったり営業努力をしたりしてもカバーすることができなくなってきました。これは「昭和のイノベーション」がビジネスの根本から変化を迫られている、ということに他なりません。

−−その一方でかねてから「最低賃金が安すぎる」という声もありました。日本の経営者は何を間違えていたのでしょうか?

白河: 一番の問題は、時間的なコストを誰も考えていなかったということではないかと思います。そもそも日本の労働システムが「人の時間は有限である」という前提の上に設計されていなかったんです。それでも人口ボーナス期の影響でものを作れば一定は売れたし、安い賃金でも際限なく働いてくれる人たちがいた。やはり「“人と時間とお金の関係”についての感覚に無感覚だった」と言わざるを得ないですね。

−−時間と言えば、日本の労働現場は時間当たりの生産性が低いとも指摘されています。

白河: それこそ時間的なコストを考えず、残業があって当たり前という状況で仕事をしてきてしまったのが原因だと思います。それには大企業が行ってきた終身雇用制度や年功序列という制度が影響していると考えられています。仕事量の増加に対して、雇用している人数で調整せずに、ひとりあたりの労働時間を長くすることで調整してきたからです。そしてその残業代をあてにしたお給料で、共働きではなくても一家を養える額をもらっておりそれが基準になってしまっていたんです。ですが昨今は労働者の残業時間に制限がかかるような法改正がありましたし、育児や介護がある人も戦力として働けるように価値観も変化しています。もはや仕事量の増加を残業でカバーするようなやり方は通用しない時代になってきているんです。

−−しかし、つい最近までそうした価値観は生き残っていましたよね。あまりに変化が遅すぎたと言える気がしますが、なぜそのような状況になっているのでしょう?

白河: 「昭和の高度経済成長期に、日本は長時間労働で勝った」という成功体験が大きすぎたのだと思います。しかし、新しいことを始めるには成功体験を捨てないといけないんです。これを専門用語で「学習棄却」と言います。今回の働き方改革法の改正とそれに伴う規制は、その「学習棄却」を経営者に実行してもらうための「ショック療法」として機能している部分はあると思います。規制と言うとマイナスイメージがありますが、変化を生むきっかけとなることもありますから。

中小企業の改革に求められるのは、スピード感

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−−この働き方改革については、すでに大企業は取り組みつつあるという印象ですが、一方、数的にも日本を支える存在である中小企業、およびその経営者はこの変化に対しどのように具体的にアクションすべきだと思われますか?

白河: 先ほど「経営者に覚悟を持ってほしい」と言いましたが、まさに中小企業だからこそ「経営者のやる気次第」だと思っています。
働き方改革に取り組む上で重要な視点は3つです。
・リーダーシップ
・インフラ整備
・マインドセット(意識改革)
中小企業の場合は、費用のかかるインフラ整備以外の2点については、経営者次第ですぐに実行に移せるでしょう。組織もそこまで大きくないので方針を浸透させることもできるでしょう。

−−では、中小企業のほうが働き方改革に対応する難易度は低いということでしょうか?

白河: いえ、難易度は決して低いとは言えないですね。現実には中小企業の人材不足は、すでに深刻です。早急に働きやすい会社にしなければ、人材採用面で行き詰まってしまうはずですので、中小企業の経営者は前述の3点において、特に「スピード感を持って」取り組む必要があります。

−−「スピード感を持って」いちはやく改革に取り組んでいる中小企業では、どのような成功事例があるのでしょうか?

白河: 神奈川県のとある建設業の中小企業は、徹底的にテレワークを導入して長時間労働をやめたことで、多くの人材を集めることに成功しています。建設業は長時間労働のイメージが染みついていることもあり、特に人材不足が深刻な業界なのですが、働きやすい環境さえ作れば、すでに専門技術を持った働き手がドッと集まるという特色があるのです。

−−建設業でテレワークと言うと、あまりイメージが浮かびませんが、詳しく教えていただけますか?

白河: 建設業は現場仕事中心の世界ですが、その中でも会議やデスクワークはあるのです。その仕事をどこでもできるようにするというのが、建設業のテレワークでした。具体的には、それぞれの現場にITインフラを整えWEB会議できるような設備や場所を用意したり、書類仕事をPCで完結できるようにしたりといったことです。現場Aと現場B、それぞれの仕事の合間に、書類や会議のためだけに会社へ戻る必要をなくし大きく移動時間を減らすというものです。

また現場作業時には、WEBカメラをつけたヘルメットを使うことで、熟練の作業員が離れた現場にいる若手の仕事を確認し、アドバイスできるようにしているそうです。これによって長距離移動が難しい年配社員が、効率的にその技術や知見をシェアできる仕組みとなっているというわけですね。他にも熱中症対策のために心拍数を計測できる作業着を取り入れるなど、積極的にテクノロジーを導入して業務効率化を進めている会社もあります。

−−IT業界も驚くレベルですね。

白河: 「うちは建設だから、長時間労働は避けられません」と言われることもあるのですが、決してできないなんてことはないのがよく分かる事例です。

−−広くビジネスシーンを見た場合、“インフラ整備”と言うと、WEBカメラやWEB 会議システムを採用してのテレワークなどに象徴されるような、インターネットテクノロジーが基本なのでしょうか?

白河: 他にも、人が行っていた定型作業をソフトウェアが代替するRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)も効果的です。大手飲料企業はRPA導入によってすでに4万時間を節約していて、次は8万時間節約を目指しているとのことです。しっかりと使えばそれくらいの効率化ができる好例です。小売業であればICタグを使うことで棚卸しの時間を大きく削減できます。経理といった業務分野においても、経費申請をSuicaなどの電子マネーを使ったらすぐに直接経費に反映されるような仕組みもあります。

−−インフラ整備、そしてそれを基盤とするテクノロジーの導入で、解決できる問題は多いということがよく分かります。

白河: そしてその上で大切なのは、グループウェアなどを導入して効率的にデータを共有し、いかに「紙の書類を減らすか」ということですね。外回りが中心の営業マンにしても、いまだに紙の書類を提出するためだけに会社に立ち寄るケースが少なくありません。「テレワークを導入したけれども進んでいない」と言う会社の状況を聞くと資料の共有、データ化ができておらず、たいていは袖机にびっしりと紙の書類が入っていて、それを見ないと仕事ができない状態に陥っていますね。

−−テクノロジーを導入しただけではいけない、と。

白河: テクノロジー自体も常に変化している時代に、古いテクノロジーを使ってしまっているのも怖いところですね。いまだに大昔のワープロソフトが併用されていて、ソフト間の互換性問題で生じたエラーを修正するのに時間をかけていることがありますから…。

−−自分たちの仕事を効率化するテクノロジーにはアンテナを張っていないといけない時代ということですね。

白河: 中小企業の経営者の年齢が高い場合、IT化に遅れがちなことは課題ですね。あるいはそうしたテクノロジーの数々を部門や業務ごとにバラバラに導入してしまい、分断されてしまっていたり、かえってロスが生まれたりしている場合もあります。経営者自ら対処するのが難しい場合、テクノロジーの知見を持っていて複数のツールを統合できる「CTO(チーフ・テクニカル・オフィサー)」と呼ばれるようなIT人材が必要な時代になってきていると思います。

働き方改革の先に、経営者を待つさらなる課題とは

−−ここまで現在進行形の「働き方改革」についてお聞きしましたが、その先にはどのような変化が訪れる、あるいは必要だとお考えですか?

白河: 大企業・中小企業ともに、働き方改革の次に乗り越えないといけない波は「評価と報酬の再設計」だと思います。これからは現場の従業員だけでなく、経営層も評価されるようにならなくてはなりません。

−−経営者や経営層の評価と言うと、どのようなものになるのでしょうか。

白河: 「経営者には覚悟を」と話してきましたが、逆に現場で働く人には「変わることのできない経営者の元から去る覚悟」を持つべきだとお伝えしています。人材不足の現代において、いくらでも働く場所はあります。だからこそ、変われない企業からは人が撤退していくべきではないかと考えています。日本のビジネスパーソンは非常に真面目なので「うちの会社を改革したい」と考えている方が多く、私も相談に乗るのですが、手段として「去る」という選択肢は持っておくべきですね。

−−大きな変化の時代が訪れているということがよく分かりました。

白河: さらには、経営者は「資本の集中と選択」をよりシビアにしないといけない時期だとも思いますね。資源の少ない中小企業ほど、これからどこに集中するかを考えないといけません。だからこそぜひ経営者には時代の変化を敏感に感じ取って、「昭和のアンインストール」をスローガンに変革を進めていただきたいですね。

白河桃子
PROFILE

白河桃子Touko Shirakawa

相模女子大学 客員教授、昭和女子大学 総合教育センター 客員教授、東京大学 大学院情報学環客員研究員。住友商事、リーマンブラザースなどを経て、2008年中央大学教授山田昌弘氏と『「婚活」時代』を上梓、婚活ブームの火付け役に。女性のライフキャリア、ワークライフバランス、少子化、働き方改革、ダイバーシティなどをテーマとする。講演、テレビ出演多数。
新刊は、『御社の働き方改革、ここが間違ってます! 残業削減で伸びるすごい会社 (PHP新書)』。