日本の成長には、女性のチカラが必要だ。三浦瑠麗さんに聞く、
「そのために女性も男性も変わるべきこと」

日本の成長には、女性のチカラが必要だーー三浦瑠麗さんに聞く、「そのために女性が変わるべきこと、男性がやるべきこと」 日本の成長には、女性のチカラが必要だーー三浦瑠麗さんに聞く、「そのために女性が変わるべきこと、男性がやるべきこと」
Introduction
日本のみならず世界中で語られるのが、女性に関する概念や制度をアップデートする必要性。とりわけ女性の社会進出は、少子化に伴う労働人口減少も後押しとなり日本では急務の課題となっています。国際政治学者である三浦瑠麗さんは、日本の最大の成長戦略として「女性の労働力活用と少子化対策」を提言されている識者のひとり。自身も出産・子育てを経験しながら、“働き方のピボット”を行い、社会の第一線で活躍している三浦さんは、女性の労働力活用に関してどのようなアップデートが必要だと考えているのでしょうか?

女性の高付加価値労働が求められながらも、進まない理由とは

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——三浦さんは、社会的意義という側面はもとより、これからの日本の最大の経済成長戦略として「女性の労働力活用と少子化対策」を提言されていますが、その理由とは何でしょう?

三浦: 日本に残された「成長可能なものは何だろうか」と考えると、人、そしてライフスタイルを含めたサービス産業が基本的に対象になると思います。どちらにせよ人の要素が大きいですよね。そうなると人口の半分を占めている女性に焦点が当たります。しかし一方で、役員を除く雇用者の約4割が非正規雇用で、そのうち約7割が女性という現実があります。彼女たちが高付加価値の仕事をできていないことが日本の成長にとってネックになってくるのは間違いありません。それはそのまま女性を取り巻く問題にも帰結します。

――女性が働く機会があるかどうか、という単純な問題ではないということですね。

三浦: はい、就業率だけでなく、彼女たちが仕事を通してどれだけの付加価値を生み出せているのかを見なければいけないと思います。日本では1985年の法改正で男女雇用機会均等法ができました。(編集部注:正式名称は「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」。1972年当時の名称は「勤労婦人福祉法」であったがそれ以来法改正がなされて名称は変化している。)その頃から平等に法律上は、女性の採用が行われてはいました。ただ当時の女性は、結婚したり子供を産んだりすると会社を辞めるのが当たり前だったので、”腰掛けで働く”というイメージや価値観が残ってしまいました。それが現在の課題である、女性が高付加価値労働に就労できていないことにつながっていると思います。

そうした女性の労働力に対するイメージや価値観を是正するひとつの方法としては、政府が公務員という枠を使って女性に高付加価値労働をしてもらい、社会の価値観をシフトさせるという手段があったと思います。しかし、日本は人口に対する公務員の人数が少ない国なのでインパクトは限られます。さらに霞が関の官僚の世界は「生き馬の目を抜く」ような競争社会ですので、女性を教育したりフックアップしたりする余裕もそもそもありませんでした。

――政府も企業も、女性の高付加価値労働を推進する施策をなかなか打てなかったわけですね。

三浦: それに加え、社会的・文化的要因もありました。それは、女性が多くの労働力を家事や育児に割いてしまう意識になっていたため、あまり社会のために労働力を残していないということです。

例えば家庭において「夕食のおかずの品がたくさんある=QOLが高い」と受け止められていて、それを「お惣菜を買ってくること」や「外食」で実現するのではなく、女性が「手作りすること」によってすべて賄うという文化があると思います。しかし、それでは女性の労働力の相当部分を家庭に使うことになってしまい、社会における女性の生産性を極めて低くしてしまうのは当然ですよね。言い換えれば、実は女性は家庭においては「安く購入した食材を、女性の手間暇をかけた労働によって高付加価値の食卓にしている」のです。

――お金こそ節約しているけれど、実際は家庭に多大な労働力をかけている、つまり「見えないコスト」を支払っているわけですね。

三浦: おかずの件は一例ですが、このように女性の多くの労働に価値付けがされていないために、社会全体として多くの女性の労働力が浪費されてしまっている実状があると言えるでしょう。「価値付けされない極めて質の高い労働」が家庭の中に注がれていて、それは当然GDPに寄与しないから収入も上がらない。そういう状況で「安く購入した食材で多様な炒め物を作りましょう」と言い続けてしまっているのが今の日本社会です。

――そうした家事労働の金額換算に対しては「資本主義的な基準で換算できないことにこそ、豊かさや別の価値がある」という言い方で、情緒的に拒否反応を示されることもありますね。それでも家事労働の価値を換算したほうがいいのでしょうか?

三浦: 家事労働に価値付けをするのは、夫婦間の平等のためでもあるし、共働きで得られる収入と比較して食器洗い機を購入したり家事代行にアウトソースしたりするかどうかを判断する参考資料とするためです。もちろん、家事労働だけでは対外的にそのお金や価値を生んでいるわけではないので、そこは峻別しないといけません。

ただし、「金額に換算できない豊かなもの」と私たちが思っているものの多くは、現在すでに一部では資本主義的な価値に換算されてしまっていますし、手仕事は失われたからこそ美化されている側面もある。私は日頃、数百円で買える日本の伝統的なタワシを愛用しているのですが、とあるセレクトショップでそのタワシに立派な持ち手を付けたものが懐紙の上に鎮座し、数千円で売られているのを見たことがあります。「丁寧な手仕事」や「用の美」といったものが「金額に換算できない豊かなもの」と思われることも多いと思いますが、多くの人は洗濯板を懐かしまないし、食洗機を使ったほうが手も荒れないし環境にも優しい。資本主義から逃れることが解なのではなく、不要な努力をしないですむ社会になったということです。

「専業主婦」という“特殊な価値観”が「少子化」を加速させている、では子育てしやすい社会とは?

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――女性が家庭に多大な労働を割いてしまい、社会のために高付加価値労働ができていないのは、「専業主婦」という“高度経済成長期に現れた特殊な価値観”が根強く残っていることにも原因があると三浦さんは語られていますが、その価値観はどんな経緯で生まれたのでしょうか。

三浦: 「専業主婦」という価値観の根本的にあるのは「母性の信仰」なのですが、それ自体は昔からある考え方ですし、悪いことではありません。ただ、その価値観が強められたのは「女性にも国家に貢献してもらい、子供をたくさん産んでもらおう」という時代の背景があったからです。その頃、徐々に自我が芽生え、社会的地位が向上してきた女性たちに対して「母親として家庭で子供を育てる仕事は素晴らしいものだ」と教えたんですね。もし女性の仕事が経済活性化のために労働者を育てたり、兵士を育てるのではなくて、はじめから弾薬を作らなければならなかったとしたら、この母性信仰は逆に弱められていた可能性もあると思います。

――今の時代にその価値観が根強く残ってしまっている理由とは何でしょう?

三浦: あまりに急速に時代が変化してしまっているからでしょうね。例えば、夫のアメリカ人の祖母は、娘が妊娠するときに、祖母自身も妊娠していたような世代でした。それくらいたくさんの子供を産むのが当たり前だったんです。そのため彼女自身は中等教育までしか受けていませんでしたが、夫の母の時代になると大卒の女性が多くなり、看護師や公認会計士や教師、経営者などの職に就くことも珍しくなくなりました。アメリカでさえ、たった一世代の間に凄まじいライフスタイルの変化が到来したんです。そしてその頃から始まったライフスタイルの変化は今も続いていて、当時と今の価値観がどんどん離れてしまっているのではないでしょうか。そして価値観の転換をはかる動きが日本ではアメリカほど強く生じなかった。

また、母親が「子育てに手間をかける」という考え方は、少子化にもつながっています。内閣府は少子化の原因を解明しようとして調査をしたのですが、彼らの仮説は少子化の原因は経済的理由や自由を欲しがる気持ちからではないかというもの。でも違うんです。今の子育て世代には「子供を育てるなら、こう育てたい」という理想があり、その実現のためにはかなりの手間をかけないといけません。しかし、そのための余力はそんなにないからでしょう。

――現在はそれだけ子育てに対する理想が高まっているということなのでしょうか?

三浦: 公立の学校が提供する教育だけでは、競争社会を勝ち抜けないことが分かってきたからです。現実に周りの女性のライフスタイルを見ていると、彼女たちが仕事をセーブしたり、責任あるポジションを回避したりするようになるのは、妊娠や出産のタイミングよりも、子供が3歳、6歳、12歳になる頃、つまり受験のタイミングのほうが多い。

専業主婦という価値観が、子育てに手間をかけさせ、少子化を加速させる。そんなマイナスのスパイラルがあると思います。そして子供が貴重になり、より手をかけて育てるようになる。その専業主婦のライフスタイルを支えられない収入帯の男性が結婚しにくくなる。そうしてますます少子化が加速するということです。

――「子育てしたくなる社会」はどうやったら実現できるのでしょうか?

三浦: 難しいでしょうね。現実的には「産みたい」と思ってもらう方向に持っていくしかないと思います。そのためには、子育てに必要になるものを現物でもクーポンでも支給したほうがいいと思います。「子育てをする人に安心感を与えること」は必要です。



――従来は、計画的に子供を産んで育てることが良しとされてきましたが、「結果的に子供を産んでも育てやすい社会」を目指すべきということですね。

三浦: はい。失われた一億総中流の専業主婦が当たり前の世界はもう戻ってこないと思います。近年、大阪や福岡などの地方の中核都市から、多くのシングル女性が東京の、とりわけ中心部に流入している現実があります。そういった都心部は出生率が低い地域なので、「出産適齢期の女性が出生率の低い地域に集まってきてしまうことが少子化の原因だと思われがちです。しかし、それは順番が違う。男性の庇護のもとで生活の安全が確保されないような働きにくい社会を嫌い、女性が独立して生きていける街を探したらそこに東京があったというだけだと思います。

――おっしゃるように独身女性は増えていると言われていますが、結婚と出産はやはりセットで考えられることが多いですね。結婚や環境に縛られずに子供を産んだり育てたりしている人が増えれば、少子化は改善すると思いますか?

三浦: 日本社会は、なかなか自由意志に基づく関係性を許容してこなかった。結婚や制度に縛られずに「できたら産む」「産んでも安心して育てられる」ということを国や社会がサポートしていく、それ以外に少子化を防ぐ手段はないと思います。また社会的な偏見を減らすことも重要ですね。一例ですが、シングルマザーやシングルファーザーに対する偏見が減れば減るほどもっと「子育てしやすい社会」になるはずです。結果的に子供は増えるかもしれない。だから、上司の方々は気をつけてサポートしてあげてほしいですね。社員に心地よく働いてもらうためにも必要なことだと思います。

女性の高付加価値労働のために、政府や企業、そして男性ができることは?

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――女性の高付加価値労働のために、政府は何をすべきだと思いますか?

三浦: まず指摘したいのは、日本は経済政策に関してはどの政党も、右でも左でもなく中道寄りだということです。そのおかげで対立点は少なく政策の実行は進みますが、反面「どんな哲学に基づいて、その政策を打つのか」というバックボーンに欠けています。だから日本政府としても、女性の労働を促進しようと動いてはいるのですが、「これからの時代のために、この考え方に基づいて取り組もう。そのためには今までの仕組みを変えよう」という意識がないのが問題です。多くの政策は、新規参入が阻害されていて成長が止まっている業界をそのままにして、お金だけを配ろうとしてしまっているんです。育たない産業に税金からお金を使うということは、マーケットオリエンテッドでもないし、十分に大きな政府としての効果も望めないんです。

政府の助けがあれば、企業もできることが増えるんですけどね。例えば、私の会社ではナニーさんが子供の面倒をみることがありますが、そのお金を損金算入できるかと言うとできません。そのため現在は、私が自分の給料からナニーへの支払いを行っているかたちになっています。もしそれが飲み会と同じように損金算入できるなら、女性という人材を生かすためにさまざまな取り組みを企業がするようになるはずです。

――そんな状況下でも、企業が率先してできることはあるのでしょうか?

三浦: 政府に取り組みを促すためにも、企業が新たなシステムを導入するというのはひとつの手だと思います。例えば、会社がベビーシッターやナニーを雇うというのもいいのではないでしょうか。子供が熱を出して、両親とも大事な仕事を抜けられないなら、会社によっては会社が契約したベビーシッターが迎えに行くというのもありですよね。そういう手助けがないから、社員の家庭環境が行き詰まって、労働を制限してしまうことになり、結果的に企業も潤わないことになってしまう。こうした変化は、おそらくベンチャー企業や外資系企業から始まり、それを日本企業が真似していくことになるのではないかと思います。

それと同時に、企業は「9時〜17時まで出社して働く」という発想を捨て「仕事ができていればいい」という考え方を取り入れるべきだと思います。そうした時間や場所の拘束も含め、日本の会社は社員のライフスタイルに介入しすぎています。例えば「忌引は何親等まで」と定められていますが、私だったら、自分の猫が死んでしまったら、そんなルールは関係なく猫のところに行きたいです。企業は休暇や社宅などに代表されるような社員のライフスタイルのサポートを、一から見直すべきところに来ていると思います。

――男性個人はどのように変化に対応すべきでしょうか?

三浦: まず、「結婚」に対する理想を男女ともに変えて、互いに支え合うという考え方に近づけていくことですよね。男性ばかりが経済的責任を担うのだとしたらなかなか結婚しづらいでしょう。そもそも最近の結婚適齢期の男性は、女性に対して「結婚した後は働いてほしくない」とは思っていないはずです。しかし、逆に女性の側は「男性には自分より高収入でいてほしい」といまだに思っている人が多い。これは問題です。男性側からそうした女性の意識改革に取り組むとしたら、それは「無理をしない」ことが大切だと思います。

――女性の意識改革を、男性側からも促す、ということですね。男性が「無理をしない」というと、具体的にはどういうことでしょう?

三浦: 例えばそれが同僚でも恋人でも、女性との間で「男性だから」という理由で必要以上に責任を背負わないようにすることです。一度そうしたものを背負ってしまうと、その期待値を維持させられることになるので。結婚後の家庭生活においてもフラットな関係を保つ必要があります。

卑近な話になってしまいますが、重要なことを挙げると、例えば男性が家事を手伝ったつもりでも「洗剤を置く場所が違う」とか「洗濯物の仕分けが違う」と怒られることは珍しくありません。家の中で女性が主導権を握っている限りにおいては、男性は家の中では低付加価値の労働しかできないんですね。

しかし、本当の結婚生活の平和のためには、男性側も女性側も低付加価値の労働をさせられる側というものを家庭内に作ってはいけません。その解決のためには例えば「水回りは女性、機械周りは男性」など、責任の範囲を得意分野で区分けするといいと思います。後は食器洗い機や乾燥機付きの洗濯機などに投資すること。

男性は女性が子供を産む人生の段階においては支え、守ることが必要です。そうでない時には「重いものを持ってあげる」とか、生まれ持った身体的能力の違いくらいのところを頑張ればいいと思いますよ。何よりパートナーが自己実現できるように背中を押し、手助けしてあげること。お互いにそれが必要なことなのではないでしょうか。

三浦 瑠麗
PROFILE

三浦 瑠麗Lully Miura

1980年、神奈川県生まれ。国際政治学者として、東京大学政策ビジョン研究センター講師を経て、独立。シンクタンク山猫総合研究所代表を務める。著書に「シビリアンの戦争ーデモクラシーが攻撃的になるとき」「日本に絶望している人のための政治入門」「孤独の意味も、女であることの味わいも」など。執筆やテレビ番組への出演を通し、精力的に言論活動を行っている。