
2020年度から小学校でも始まったプログラミング教育。エレコムではこれを受け、
子どもたちがパソコン学習をするのに最適なキーボードの開発に着手した。
子どもたちにとって最適なサイズ感、打ちやすさ、シンプルさなどを実現するため、
プログラミング教育の専門家に協力を依頼。3年の時を経て2023年5月の発売へとこぎ着けた。
今回は、研究開発に的確なアドバイスを与え、エレコム開発陣とともに研究を進めてきた
大阪電気通信大学の兼宗 進副学長をはじめとする監修チームの皆さまに、
「キーパレット」開発のこだわりやおすすめポイントについて話をうかがった。
(以下敬称略)
プログラミング教育の専門家が
開発を監修
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大阪電気通信大学 副学長
兼宗 進 教授小学校から大学までの情報科学教育を専門とし、プログラミング言語の開発や指導方法などを幅広く研究・提案。教育用のプログラミング言語ドリトルや教育用プログラミング環境ビット・アローの開発、小学校・高等学校における学習指導要領の策定・執筆、高校 教員向け研修用教材の開発に携わる。
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大阪大学 スチューデント・ライフサイクルサポートセンター(SLiCS センター)
教学IR・教学データ基盤部
長瀧 寛之 教授
(前 大阪電気通信大学 メディアコミュニケーションセンター 特任准教授)情報科学・教育工学が専門。大学や高校でのコンピュータの活用教育にも関心が高い。
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大阪電気通信大学 共通教育機構 人間科学教育研究センター
大村 基将 特任講師教育学・技術教育・情報教育が専門。研究テーマは、初学者に適したソフトウェア開発プロセスに関する研究。
はじめてふれる子どもたちに
「カタカタ打てる!」体験を
−子ども向けのキーボードである「キーパレット」の監修をされるにあたって、全体的にはどのような視点でのアドバイスをされたのでしょうか。
兼宗:初めてキーボードにふれる子どもたちが文字入力でつまずかないよう、キーの表記をできるだけシンプルにすることや、不要なキーは省くなどの工夫をしたいと考えました。文字入力につまずいてイヤになってしまわないよう、まず「自分はカタカタ打てるぞ!」「プログラミングってたのしい!」と思ってもらえるキーボードにしたかったですね。また、プログラミング学習を指導する大人にとっても、教えやすく扱いやすいものをと考えました。
長瀧:そのためには、子どもにとって必要なキーと不要なキーの線引きをしながら、でも大人になっても使い続けられる。そんなキーボードを目指しました。
大村:子どもたちの手の大きさや、小学校の机で使いやすいようサイズ感にもこだわっています。

多くの人がつまずくCaps Lockは無効化機能を採用
大村:開発にあたって、保護者の方や小中学校の先生、教育実習などで子どもたちと実際にキーボードをさわるような経験のある学生さんからヒアリングをしたり、アンケートをとったりといった調査をしました。そこで出てきたのが、例えば「Caps Lock(キャプスロック)を知らないうちに押して、勝手に大文字になってしまう」といった事例です。その解除の仕方を指導するだけで、時間がかかってしまうということがわかりました。
長瀧:私は普段大学生のコンピュータ教育に携わっていますが、それは大学生でもすごく多い事例なんです。かといって、Caps Lockキーを無くせばいいのかというとそうではない。そこで、普段は使わなくても、必要に応じてON/OFFできるように工夫をしていただきました。
開発者:具体的には、本体裏にスイッチを設けて、Caps Lockを無効化できるようにしました。これによって、文字の入力時に誤ってCaps Lockがオンになり、大文字になってしまうということを防げます。

キーボード裏面に配した、Caps Lock機能無効化スイッチ。
文字入力やプログラミングで主に使う“小文字”を大きく表記し、打ちたい文字が直感的にわかりやすい印字
−キーには大文字ではなく、小文字が大きく表記されていますね。
兼宗:ローマ字を習ったばかりの子どもたちにとって、大文字と小文字を区別して使いこなすのは難しいんです。また、プログラミングの場面で大文字を使うことはそんなにありません。一般的なキーボードは、大文字が印字されているのですが、これを小文字にしたことも大きなポイントでした。印字されている文字と同じ文字がモニターに出てくるので、混乱することが少なくなるでしょう。
開発者:通常のキーボードに印字されている文字は日本語とローマ字が混在していて、初心者にはわかりにくいですよね。特にローマ字入力を一度もやったことがない子どもたちは、”ち”を入力するために「ち」というひらがなが書かれたキーを押せばいいのか、「T」と「I」を順番に押せばいいのか、なんてことは全くわかりません。そこで、パソコンで実際に入力することが多い小文字を大きくデザイン。シフトキーの印字は四角で囲み、このキーを押すと四角で囲まれた文字や記号が打てると直感的にわかる工夫をしています。


読み間違いを防ぐわかりやすい書体
大村:細かな点ですが、家庭で使った場合は照明が頭上に来ることが多いので、キーボードに照明が反射して文字が読みづらくなる事を防ぐこともお願いしました。また、使用する書体も判別しやすいよう配慮していただきました。
開発者:例えば「l(エル)」と「i(アイ)」、「:(コロン)」と「;(セミコロン)」など、大人でも間違えやすい文字や記号がありますよね。キーパレットでは、これらを判別しやすく書体をデザインしました。
キーのよみがなシールを同梱
開発者:習熟度に合わせて貼り付けられる「よみがなシール」を同梱しました。低学年のうちは全てのキーに貼り付け、高学年になるにつれCtrlキーなど読み方が難しいキーのみに張り付けるといった使い方ができます。

使う指に合わせて
キーボードを色分け
−カラフルな見た目が印象的ですが、その狙いはなんでしょうか?
兼宗:このカラフルなキーは、ホームポジションからそれぞれの指が受け持つキーごとに色分けしているんですね。こうすることで、指導者が指示しやすく、正しいタイピングを身に付けやすいとの配慮です。
開発者:カラフルで楽しいカラーにしたことはもちろんですが、その色選びにもこだわっています。暖色と寒色を交互に配置することで、色の識別がしにくい子も判別しやすくしています。また、「みどり あか あお きいろ」と、「この色」といえば間違いなく意思疎通ができるような色を選択しました。


色の識別がしにくい子の場合、緑はライトグレー、赤は濃いオレンジに見えるため、識別しやすいようカラーバランスを調整。
−「キーパレット」というネーミングも色に関連しているからでしょうか?
開発者:その通りです、パレットは絵を描く時に使う道具でカラフルなものですよね。このキーボードも文字を打つための子どもたちの新しいツールとして、楽しく自分を表現できるものになってほしいとの思いを込めました。
子どもたちの手や使用シーンに
あわせたサイズ感
−小中学生のお子さんがターゲットということですが、サイズはどのように決められたのでしょうか?
開発者:最初は打ちやすさを重視して一般的なキーボードのサイズで試作をしました。しかし、子どもたちの手は小さいですし、学校の机も広くないのでキーボードもコンパクトな方がいいと先生方からアドバイスをいただきました。
開発者:そこで、文部科学省のGIGAスクール構想で採用されている端末や、iPadなどに合うサイズ感にしました。そうすることで、端末と同じ収納ケースで持ち運びできるようにと考えました。

子どもたちの手に合わせたキーボードは、約10インチのiPadにもしっくり馴染む。
打ちやすさを追求した
キー設計と配列
長瀧:小さなサイズになったとしても、キーの打ちやすさは損ないたくありませんでした。ノートパソコンのキーボードは、コンパクトにするために一部のキーの横幅や奥行きをギュッと押しつぶして幅を狭くして、結果的に打ちにくい仕様になっていることがよくあります。そこで、できるだけ標準的なキーボードとキーのサイズ感を変えないようにお願いしました。例えば「矢印キー」、これがおざなりにされていることがすごく多いんですが、このキーは大人はもちろん、子どもたちも学習中によく使うのでぜひとも押しやすくしてくださいと。
開発者:コンパクトな本体でも打ちやすさはキープするために17mm※のキーピッチをとっています。また、可能な限り打ちやすいものにできるようキー配列とキーの形状に、工夫を重ねました。文字のキーは指先がしっかりとキーに引っかかって押し分けがしやすいよう少しくぼんだ形状に、スペースキーや特殊キーなどは逆に盛り上がった形にしています。形状は全部で7種類。間違って他のキーを押してしまわないようにとの配慮です。

※一般的なキーボードのキーピッチ(隣り合うキー同士の間隔)は19mm。
大村:スペースキーについても、かなり試行錯誤しましたよね。最初の方の試作では、両隣のキーに圧迫されて、かなり幅が狭くなっていたんです。そうしたら「使いやすさを追求するキーボードでこの幅はダメだろう」ってみんなが言って。
長瀧:どのキーを残すか、どのキーを大きくするかはかなり議論がありましたね。キーボードの上のほう、Print Screenやpage up、page downは授業でかなり使うので残しました。
開発者:コンパクトなキーボードの場合、ファンクションキーを同時に押しながら別の機能を割り振ることが多いんですが、そのような同時押しや、ひとつのキーに2つ機能が備わっていることを覚えて操作することは、子どもには難しい。だから、すべてのキーは単押しで機能するように、本当に必要なキーだけを厳選してレイアウトしました。それ以外の、パソコンを初めて使う子どもたちがキーボードを使う時に「これはおそらく必要ないだろう」というキーは思い切って無くしてしまいました。
子どもたちが使いやすいユニークな
アイデアたっぷり!
はじめてのキーボードとなるキーパレットには、大人が使うキーボードとはひと味違った、子どもたちが使うことに配慮した数々の工夫がなされている。
失くしやすい無線レシーバーは目立つカラーに
開発者:キーパレットの接続は、USB有線接続、USB無線接続、Bluetooth接続の3種類から選べます。USB無線接続にはパソコンのUSBポートに差すレシーバーを使用するのですが、これが小さくて子どもたちが失くしてしまう可能性があります。そのため、キーボードを使わないときや持ち運ぶ時にレシーバーを収納できる場所をキーパレット本体に設けています。また、落とした時に簡単に見つけられるよう、目立ちやすいカラーにしています。収納時には、入れる方向を間違えないようレシーバーの形状をかたどった穴にしていて、さらに指を引っ掛けて取り出しやすいようくぼみも設けています。


レシーバーは複数色を試作し、実際に学校の教室で使用される床板でも目立つかを検証。もっとも見つけやすいオレンジ色を採用した。
電池カバーは指2~3本で開けられるよう配慮
開発者:子どもの頃って、家電製品の電池カバーが開けにくかったですよね。指の腹ではなくツメの先端を突き刺さないといけなかったり、指一本だと力が足りなくて開けられなかったりして。そこで、キーパレットでは、指を2~3本かけて開けられるよう形状を変更しました。また、電池を入れる方向を間違えないよう、電池カバーの内部は形状にも工夫をしています。小さな子でもひと目でわかるよう専用アイコンをデザインしたり、間違った入れ方をしてしまった時も電池受けの部品が壊れないよう、穴の形状にもひと工夫したりしています。

打ちやすさを追求した
キー設計と配列
−キーボードにはカードが立てられるスタンドが付いていますね。
開発者:このカードスタンドには、簡単なマニュアルなどを差し込むことを想定しています。キーボードの機能やアプリの使い方といった、ちょっとしたヒントを見ながら操作できます。どうしたらカードが差し込みやすく、倒れにくいかなど、隙間部分のカードを支える爪の数や形状など細部にわたって試作とテストを重ねました。
−なるほど、タブレットとキーボードの間に置いてもこのサイズならスクリーンが見えづらいということはないですね。
開発者:そうなんです。小学校の机とイスの3DモデルをCGで作って、どのような角度なら見やすくカードを立てられるかも検討しています。このカードは、A4をタテに2回たたんだくらいのサイズが適切なのですが、そうすることでお子さんや先生、親御さんたちもハサミやのりを使わず簡単にオリジナルカードを作れます。そのテンプレートをウェブサイトで公開することも考えています。

プログラミング教育の課題を
乗り越えられるキーボード
−最後になりますが、開発スタートから3年を経たキーパレットが、いよいよ発売になります。先生方はどんな感想をお持ちでしょうか?
兼宗:満足度は100%、いや120%と言ってもいいんじゃないでしょうか。エレコム開発陣の皆さんの努力のたまものかなと思います。こんなにも検討に検討を重ねて製品を作るんだと、大変勉強になりました。
プログラミング教育は、音楽や書道と同じで、まだ将来が決まっていない子どもたちに、今後関わっていくことが多いパソコンやプログラミングといったことを体験するいい機会になると思います。将来、プログラムを書く子もいれば、書かない子もいるでしょう。いざ「やろう」と思った時に、一度基礎に触れているということが大事なんです。ただ課題もあって、キーボード操作は子どもたちにはなかなか難しいものです。この製品は、苦手意識をなるべく持たずに入力ができるようになることで、子どもたちの可能性を拡げてくれるものだと思います。
大村:やりたいこと、思っていたことを全部実現してくれたと思います。できれば多くの大人の方にも使ってもらいたいですね。これは兼宗先生のアイデアですが、Caps Lockのスイッチはただ機能を無効化するだけじゃなく、Ctrlキーの機能に変わるんです。ちょっとUNIX(ワークステーション)ライクな配列のキーボードになって、こっちの方が使いやすいという人もいるんじゃないでしょうか。そういう意味で、キーボードの様々な課題を解決した野心的なキーボードと言えるかなと思っています。
長瀧:大村さんがおっしゃった通りですね。まず、親御さんに使っていただいて「これは使える!」と実感してほしいです。僕も欲しいですね(笑)。
開発者:先生方からどんどんアイデアが出てくるので、これまで数えきれないくらいの試作を重ねてきました。エレコムとしても、問題を解決したりアイデアを実現したりすることがとても楽しかったです。ありがとうございました!

監修いただいた先生方とエレコムの開発陣。