選択の深層
変わり続ける強さがある限りエレコムはもっと大きくなる。
2度目の採用試験、諦めなくてよかった。

川上壮史
Takeshi Kawakami
量販西日本MA支店長 

●エレコムで働きたかった

川上は、エレコムの採用試験を二度受けている。一度目は、新卒で入社した会社を一年半で退職した直後。その時は思いは届かず、出版会社に転職した。教材を販売するためにがむしゃらに頑張る日々であった。その頃のモットーは、「押し売りはしない」。これを貫くためにも数多くのお客様を訪問し、「待っていたのよ」と言ってくれる人に商品を説明し、コツコツ販売活動を続けた。ところが、自分の求める道と今進む道に誤差を感じていた。そのまま退職を決意した。
気になるのは、やはりエレコムという会社だった。「あの会社で働きたい。」そして、二度目のチャレンジへ。面接で葉田社長の向かいに座ると、社長は覚えていてくれた。「君は、あれから何をしていたんだ?」エレコムへの入社を諦めてから、これまでの経験を話した。短い会話の後、葉田社長は言った。「それで何を学んだ?」川上は「結局営業は人と人との信頼関係であるということ」と答えた。葉田は少しの間、黙って考えた後で「頑張ってみなさい」と返した。その場で自分の採用を決めてくれたということだった。「葉田社長があの時拾ってくれなければ、今頃何をしていたか、わからない。『どこで』ではなく『誰と』仕事ができるのか。これが大切だと思いました。」

金沢兼六園
●北陸時代の経験は川上の大きな財産となっている
●新たに営業所開設が決定。単身、北陸へ

入社してしばらく経ち、川上にある指令が下った。北陸の市場開拓だ。営業所を新たに設立するため、頑張ってきてくれとのことだった。当初の予定では、滞在期間は3ヶ月程度。人材を採用して、基盤が出来上がるまでの仕事だった。
大役に不安を抱えながら現地へ向かったが、やってみると、これがなかなか面白い。地元の人との交流は新鮮で、仕事もうまくいきだした。なにより、川上はもともと人と接することが好きだった。結局、自分から申し出て、1年半ほど北陸で過ごした。
もちろん、自分で開拓する面白さには、苦難もついて回った。その一番は、責任の重さ。「言葉遣いがなっていない」「対応が遅い」クレームがきても対応するのは自分。頼れるのも、自分だけという状態。さらに、北陸営業所を立ち上げて間もなく社長と同行した際、お客様の前でこう言われた。「一人きりですから、川上に逃げ道はないんです。」当時を振り返り、川上は笑う。「本当に、甘ちゃんでした。いろんな人に怒られました。でも、事情を知りながら叱ってくれたお客様からは多くを学び、今では私の大切な財産となっています。当然、自信も付きましたよ」。

●業界屈指の有名企業を目指して

川上は現在、量販西日本MA支店長という立場にある。憧れた会社で部下を多く持つようになり、明確な目標を掲げている。「組織を強化し、新規ジャンルのアイテムを揃え、新しいエレコムを創る一翼を担いたい。」中でも、営業力の強化には力を注ぎたい、と言う。「メディアに取りあげられ、世間に知られた商品が、店には並んでいない。そんな状態は、一番情けないんです。営業の力が及ばず、広報の頑張りを活かせなかったわけですから。」この状態を避けるためにも、優秀な人材の採用、育成は急務だ。「当社を志望する方には、一度これまでの自分を壊してもらって、ゼロの状態で会いたいですね。もちろん、良いこだわりは持ってきてもらえれば結構ですが、その他はここで身につけてほしい。」この考えは、エレコムにも通じるという。「国も会社も、時代に合わせて柔軟に変化しなければ生き残れない。生態系も競合他社も、どんどん変わっていくのですから。力強く生きていくためには、そういったところのアンテナを張り巡らすことができるかどうかが大切なんです。」さらに川上は言いきる。「エレコムの魅力は、これからも変わっていきます。いずれIT業界の中でも屈指の有名企業になるでしょう。」変えられるのではなく、変わっていける強さ。様々な経験を経て今、川上は、エレコムがこの強さを持っていると確信している。


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