より良き製品を追求して磨いていった」
トラックボールマウス
『HUGE』開発秘話
ただの入力装置ではなく、人が心地良く使えるものを
― 清水さんは長年、エレコムのマウス開発を担当してこられたそうですね。
清水: はい。気づけば10年ほど、マネジメントも含めて、マウスの開発に関わっています。現在は商品開発部で、主にマウスやトラックボールといった「ヒューマンインターフェース」と呼ばれる製品の企画開発やチームのマネジメントを担当しています。振り返ると、この世界に入る大きなきっかけとなったのも、実は当社がかつて発売した「エッグマウス」の存在でした。
― 「エッグマウス」といえば、卵を思わせるラウンド形状が特徴の、エレコムを代表するマウスですね。
清水: ええ。1988年に初号機がリリースされた製品です。当時のパソコン周辺機器といえばスペック至上主義で、カタログにも性能数値を並べるのが当たり前でした。そんな中で登場したエッグマウスは、設計思想がまったく違っていたんです。
― どう違っていたのですか?
清水: 「人」に向いていたんですよ。フォルムがそれを象徴していて、手のひらに優しく馴染む丸い形ですね。まるで人の"感覚"に寄り添うように設計されていました。私は、その設計思想に強く惹かれたんです。「これはただの入力装置ではない。人が心地良く使えるものを作ろうとしているんだ」と。そこにエレコムの哲学を感じ、自分もその一員として人の感性に訴える製品を世に出したいと思い、入社を決めたんです。
― 技術や機能だけでなく"感覚的な使い心地"を追求している姿勢に魅力を感じられたわけですね。
清水: その通りです。マウスに限らずですが、ハードの性能は年々進化していきます。ですが、最終的に各製品の違いを生むのは「人にとっての快適さ」です。道具と人との接点をどう設計するかで、使い心地や愛着がまったく変わってくるんです。エレコムはそこに挑んでいた。それが私にとって非常に新鮮で、「ここでなら自分の理想とするものづくりができる」と確信しました。
エッグマウスからEX-G、そしてHUGEへの道のり
― エッグマウスの思想は、その後の製品開発にどう受け継がれていったのでしょうか?
清水: エッグマウスが示したのは「感性に寄り添う」という思想なんですね。それをより深く、そして科学的に追求する形で受け継いでいく契機となったのが、私が入社後に関わった「EX-G」というマウスです。私は二代目の開発担当です。これは"感性"という価値を、人間工学的な観点から捉え直し、「手に自然に沿う形状」を徹底的に追求したモデルでした。
― EX-Gは今やロングセラーモデルですね。
清水: そうですね。マウスは一日に何時間も手に触れるものなので、ほんのわずかな違和感が積み重なると、大きなストレスになります。だからこそ「握った瞬間に自然に感じられるか」「長時間の使用でも疲れにくいか」という点に徹底的にこだわりました。
― そこから、なぜトラックボール、特に大玉の「HUGE」へと繋がっていったのですか?
清水: 私たち開発チームは、EX-Gで人間工学的な"手に馴染む形"を追求した延長線上に、「腕を動かさずに、もっと快適に操作できる仕組み」というテーマが見えてきたんです。ユーザーの声を丁寧にお聞きしていくうちに「より疲れにくい操作方法はないか」という問いにたどり着き、その答えの一つがトラックボールでした。親指で操作する「EX-G トラックボール」などを経て、人さし指や中指でより大きなボールを操る「HUGE」へと繋がっていきました。
― なぜ「大きなボール」にこだわられたのでしょうか。
清水: ボールを大きくすると、人さし指や中指といった複数の指を使って操作できるようになります。これにより、指先の繊細な動きでカーソルを操れるため、細かい操作が可能になり、長時間の使用でも指が疲れにくくなります。CADなど精密な作業をするプロフェッショナルの方々からも、直感的に扱えるとご好評いただいていますね。
― その最新モデルが「HUGE PLUS」ですね。どのような点が進化しているのでしょうか?
清水: 大きな特徴は、ボールをスムーズに回すための金属ベアリングを搭載したことです。初代HUGEは無可動の人工ルビーでボールを支えていたのですが、金属ベアリングはボールと一緒に回転するためゴミがつきにくく、ポインター飛びなどの誤作動を防ぎます。他にも、複数のパソコンで使えるマルチデバイス接続機能や、USB Type-Cポートによる充電方式への対応など、現代のワークフローに合わせてアップデートしています。
トラックボールマウスの魅力とユーザー像
― トラックボールマウスは、どういった方々に選ばれているのでしょうか?
清水: 大きく三つのタイプがいらっしゃいます。一つ目は、CADや設計、デザインといったプロフェッショナルなユーザー。細かい図面やグラフィックを扱うので、高精度なポインター操作を求められています。二つ目は、長時間パソコンを使う方。仕事で毎日8時間以上マウスに触れるようなユーザーですね。手首や肩への負担を減らすために、トラックボールに移行するケースが多いです。そして三つ目は、トラックボール"マニア"の方々です。
― "マニア"ですか?
清水: ええ。トラックボールには独特のコミュニティがあって、ご自身でボールを交換したり、中を分解してカスタマイズしたりする方が多いんです。例えばベアリングを変えて回転をさらに滑らかにしたり、好みのボールに交換して操作感を調整したり。いわば"育てる楽しみ"がある製品なんですよ。自分だけの最適な一台を追求できるという点で、趣味性の高い「ガジェット」でもあるんです。
― 手の大きな方にも支持されていると聞きます。
清水: そうですね。特に海外、例えばアメリカの方からも「この大きさが使いやすい」とご好評いただいています。とはいえ、「もう少し大きくしてほしい」というご意見もいただいているのですが(笑)。ビジネス用途から趣味の領域までユーザー層は幅広いですが、皆さんに共通しているのは、「トラックボールにしかできないことがある」と感じてくださっている点です。だからこそ、一度ハマった方は長く愛用し続けてくださるのだと思います。
開発に立ちはだかった壁とユーザーとの対話
― HUGEのような特徴的な製品ですと、開発も一筋縄ではいかなかったのではないでしょうか?
清水: おっしゃる通り、私たちが一番苦労したのは「玉の滑りの良さ」と「ポインターの安定性」の両立ですね。トラックボールはボールを転がして使うので、ほんのわずかな摩擦やセンサーの誤差が、操作感に大きく影響します。開発初期には「ポインターが飛ぶ」「回転が重い」といった問題が頻発して、試作品を何度も作り直しました。
― その壁を乗り越える上で、ユーザーの声はどのように活かされたのでしょうか?
清水: 実はそれが、決定的な役割を果たしました。開発者の視点では「これくらいで十分」だと思ってしまうこともある。でもユーザーは毎日何時間も触るわけですから、我々が気づかないような細かい違和感が大きな問題になる。だからこそ、私たちは、現場の声を正面から受け止めることが何より大事だと改めて実感しました。
― 時には厳しいフィードバックもあったのでは。
清水: もちろんありました。ですが、製品を改善していくうちに、それは「期待されているからこその声」だと感じられるようになりましたね。「エレコムはユーザーの声に応えてくれる会社だ」という評価をいただいた時は、開発チームとして本当に嬉しかったです。苦労した分、信頼に繋がった実感がありました。ユーザーの声に耳を傾けなければ、HUGEは今の形にはなっていません。だから私たちは「開発者が一人で作った製品」だとは思っていないんです。HUGEは、ユーザーと一緒に作り上げたものなんです。
「Better being」とHUGEに込められた思い
― "ユーザーと共に創る"という姿勢は、エレコムグループが近年掲げられたパーパス「Better being」にも通じるものがありますね。
清水: まさにそう思います。私たちにとって「Better being」とは、「常により良き状態を目指す」という指針になっています。そして、製品は一人のチカラでできるものではありません。企画やデザイン、その他関係部門の人たちとの共創で、より良き製品を開発しています。さらに、製品開発は、完成した時点で終わりではありません。実際にお客様に使っていただいて初めて"生きている"ものになります。そして使われる中で見えてきた課題や期待に応え続けることが、ものづくりにおいて欠かせない姿勢だと考えています。
― 発売後も改良を続ける、ということですね。
清水: はい。HUGEにしても、発売当初からユーザーの声を受けて改良を重ねてきました。ボールの回転やセンサー精度、ボタンのクリック感など、一つひとつは些細に思える改善でも、積み重ねることで大きな差になります。そうやって"より良き改善"を続けることこそが、「Better being」の実践なのだと思います。
― 「ユーザーと一緒に育てる」というイメージにも近いですね。
清水: まさに。実際、トラックボールマウスはユーザー自身がボールを交換したり、メンテナンスしたりして「自分好みに育てていく」文化があります。開発者とユーザーがそれぞれの立場から"より良く"を追求している。そんな関係性自体が「Better being」を体現しているのではないでしょうか。
もっともHUGEはパーパス制定前の製品。ですが、その精神はもともと根付いていたと思います。私たちのものづくりの根底には、ずっと前から「より良きものを届けたい」という思いがありました。ユーザーの声を丁寧に拾い上げ、改良を重ね、期待を超える製品に仕上げたい。そうした姿勢は自然とHUGEにも込められていたのだと思います。ですから、パーパスが発表された時も「これまで取り組んできたことって、まさにこの"Better being"という概念に通じていたのだ」と私たちは素直に納得できました。
― では最後に、「Better being」の観点から、今後の展望をお聞かせください。
清水: ユーザーの声を反映するのはもちろん大切ですが、それだけでは「期待通り」で終わってしまいます。私たち開発チームが目指したいのは「期待を超えること」です。世界中のユーザーの方が「そんなことまでやるのか」と驚いてくださるような製品を作りたい。その驚きや喜びを世界中にお届けすることが、まさに「より良き存在」である証しになると思っています。

