誰もが手に取れる1台に。
エレコムが挑む
インクルーシブデザインの第一歩
(前編)
インクルーシブデザインとは:
インクルーシブデザインとは、障がい当事者をはじめとする少数派(マイノリティ)など、従来のデザインプロセスから除外されていた方々とともに新たな価値を創造するデザイン手法です(※1)。
従来の福祉機器には、普段使いしづらいデザイン、補助金を前提とした価格設定、入手経路など、課題がありました。そして、製品のデザインや価格、購入のしやすさに対する悩みが、これまで多くの利用者の声として寄せられていたようです。
一方で、インクルーシブデザインは、特定の方の「不便」を解消するだけでなく、幅広いユーザーにとって「便利」な価値を提供できる点が特長です。多様化する価値観に応じて、革新的な製品開発の新しいヒントとなることから、近年多くの注目を集めています。
※1 引用元: https://inclusive-design.jp/
2025年11月、その第1弾となる「触覚フィードバック搭載 モバイルバッテリー」を発売。前編ではその開発の裏側について、商品企画を担当した佐伯綾子、プロダクトデザインを担当した古谷昇大の2名に聞きました。
商品開発部
佐伯 綾子
商品開発部
コンダクションデバイス課
パワーサプライデバイスチーム
古谷 昇大
"多様な製品"の、その先へ―
エレコムがインクルーシブデザインに踏み出した理由
「触覚フィードバック搭載 モバイルバッテリー」
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― まずは、なぜ今エレコムでインクルーシブデザインに取り組もうと思ったのか、教えてください。
佐伯: きっかけは、世界最大級の最新技術の展示会・CESへの参加です。MicrosoftやSONYなど国内外の企業が、製品開発にインクルーシブデザインを取り入れていることを知り、「自分たちもやってみたいし、やるべきだ」と感じました。
古谷: エレコムでも、人間工学を取り入れたマウスやキーボード、左利き用のマウスやトラックボールなど、多様な使い方を想定した製品をつくってきました。ただ、何か社会課題の解決をするために意識的に取り組んでいたわけではありませんでした。
佐伯: エレコムは、創業以来40年にわたり、さまざまなパソコン周辺機器やスマホアクセサリーなどを世に送り出してきました。だからこそ、業界のリーディングカンパニーとして、もっと製品を通じて社会課題の解決に貢献できるのではないかという思いがありました。
デザイナーとしても、視野を広げて新しいものづくりに挑戦したい、より多くのユーザーに合う製品を増やしたいと考えていました。そんなときにインクルーシブデザインと出会い、「これはぜひ取り組もう」と決めたんです。
― とはいえ、まったく未経験の分野です。どのようにスタートしたのでしょうか。
佐伯: 国内外の製品をリサーチし、ワークショップや交流会に参加して、「インクルーシブデザインとは何か」から勉強しました。同時に、障がいのある方々やサポートする方々、支援機関や福祉団体に連絡を取り、「お話を聞かせていただけませんか」とお願いしてまわりました。
― エレコムの製品でお困りごとを解決できそうだという手応えはあったのでしょうか?
佐伯: 最初から確信があったわけではありません。調べていくうちに、私たちの得意分野であるマウスやキーボードにも、障がいのある方向けの製品がすでにあることが分かってきました。ところが、その多くは福祉機器としての性格が強く、高価で流通経路も限られ、デザインも少し仰々しい。
一部の方は、通常流通している製品に手を加えて使いこなしているようですが、それは決して誰にでもできる方法ではありません。こうした状況を知り、もっと気軽に手に取れて、生活に溶け込むような製品が求められているのではないか――最初の頃からずっと抱いていた思いが強くなりました。
「見えないから使えない」がくつがえった、当事者の方との出会い
― 触覚フィードバック搭載 モバイルバッテリーは、視覚に障がいのある方へのヒアリングから生まれたそうですね。
佐伯: はい。まずは日頃どのようにデジタルデバイスを使っているのかをお聞きしたのですが、想像以上にパソコンやスマートフォンを日常的に使いこなしていることを知って驚きました。当社の製品に感じている不便さや具体的な要望も、当初からたくさんいただくことができたんです。
そして、そこでうかがった不便さは、視覚に障がいのある方だけのものではなく、私たち自身も「不便だな」「使いにくいな」と感じていた部分と多く重なっていると気づかされました。私たちはたまたま目が見えるから無意識に慣れてしまっているだけで、不便であること自体は変わらない。であれば、この機会にその課題を一気に解決したい――。そうした考え方こそがインクルーシブデザインの基本で、それを自分たちの製品に当てはめて考えることでアイデアも膨らんでいきました。
古谷: 中でも印象的だったのが、モバイルバッテリーに関してのお困りごとです。「バッテリー残量は、どの製品でもLEDランプなどの表示になっていて、見えないと分からない」と言われてしまって。これまで長くモバイルバッテリーの企画・デザインに携わってきましたが、正直そこまで意識が向いていなかったことに気づき、ハッとさせられました。
モバイルバッテリーは最早、日常生活になくてはならないアイテム。誰でも使いやすい製品の開発が急務だった。
― モバイルバッテリーの開発ノウハウはエレコムにも蓄積されています。開発はスムーズに進んだのでしょうか。
佐伯: いえいえ、もちろん手探りです。振動や音声など視覚情報以外の通知方法をいろいろ試しつつ、どんな形状が良いか、どんな機能を加えられるか検討を重ねました。
古谷: 最初の試作段階では、あえて通常の四角形だけでなく、いろいろな形を用意しておいて、視覚に障がいのある方にどれが使いやすいかを選んでもらいましたね。最終的には、直方体をベースとしながらも、左側は角ばり、右側は丸みを帯びた左右非対称の形状を採用しました。左右対称だと、ポートやボタンの位置を手で探りながら見つける必要があり、その間に落としてしまうかもしれないというご意見があったからです。
佐伯: モバイルバッテリーを落とすこと自体、破損や内部損傷のリスクがありますが、目が見えない方にとっては、一度落としたものを探すのは非常に大変です。だからこそ、手に取ってすぐ形や向きがわかり、一度持ったものを持ち替えないで済むことが大事だと知りました。これも、実際に聞かなければ気づけなかったポイントです。
古谷: 開発途中からターゲットユーザーにフィードバックをもらえたことで、目指す方向が明確になり、モチベーションも上がりましたね。
試作段階のラフスケッチと、30パターン以上の模型。ここから絞り込んだひとつが、今回の製品になった。
― パッケージにもかなりこだわったそうですね。
佐伯: そうなんです。ヒアリングの中で、「そもそも箱が開けにくい」という声が何度も出てきました。確かに、シールでガチガチに留められた箱や、複雑な構造のパッケージに苦しんだことのある方は多いはず。目が見えなければ、これは不便どころではないと痛感しました。
古谷: そこで採用したのが、お菓子のパッケージなどで使われる、ミシン目をペリペリめくる開け口です。箱の下側から指先でめくるだけで、簡単に開封できます。
佐伯: これもご好評をいただいていますが、ここにたどり着くまでが大変で......。
古谷: 何なら、パッケージが一番苦労しました。通常の「開けにくいパッケージ」には、中身を守るという役割があります。開けやすさだけを優先すると、輸送中に箱が壊れたり中身が飛び出したりするリスクが高くなってしまうんです。そこで、開け口の位置や大きさ、ミシン目の形状、中箱の形や付属品の配置まで、何パターンも試作してテストしました。
佐伯: 輸送の問題だけでなく、開けやすい構造は店頭で万引きされるリスクもあることから、社内からは「ミシン目だけでは不安なので、上からシールで留めてはどうか」という意見も出ました。でも「それでは意味がない」と説明し、落下試験やシミュレーションを繰り返しながら、ようやくGOサインをもらえました。
― 他にも開発で苦労した点はありますか?
佐伯: 開発初期から、「本体が振動することによって内部部品に影響がないか」という懸念はありました。また、普段開発する製品にはない機能が多い分、品質試験の項目も追加しています。
古谷: 近年は特にモバイルバッテリーの事故も多いため、安全に使えることを第一に考えた製品です。品質管理チームも相当悩ませてしまいましたが、一緒に実現を目指してくれました。
こだわり抜いて完成したミシン目のパッケージ。USB-Aポートはコネクターの向きを気にせず使える。
最初の一歩を越えて、"続いていくインクルーシブデザイン"へ
― さまざまな道のりを経て、昨年11月に発売までこぎつけました。今のお気持ちは。
佐伯: インクルーシブデザインに取り組もうと決めてから、約2年。たくさんの方々にお話を聞いたり、試作を重ねたり...を繰り返して、やっと発売にたどり着けました。まだまだできていないことがたくさんあるのですが、一つひとつに意味のある工夫を込められたので、ようやくスタートラインに立てたのではないかと思います。
― 周囲の反応はいかがでしたか。
佐伯: 「社会課題の解決」を正面から掲げた製品は、エレコムの中でも珍しいので、社内外から想像以上の反響をいただきました。実際に購入された視覚障がい当事者の方が、とても喜んでくれている様子がわかったり、社内では「次は自分も参加したい」と声をかけてもらえるようになったりしたのも、すごくうれしかったですね。
― 今回の開発を通じて、気づきや学びはありましたか。
古谷: プロダクトデザイナーとして、「誰のために、何を大事にしてつくるのか」を改めて問い直す機会になりました。目指したのは、視覚障がいのある方だけの特別な道具ではなく、どんな人にとっても自然に手に取れる製品です。
でも、ヒアリングでうかがった具体的な不便さに向き合おうとすると、どうしても専用品のような方向に寄っていってしまう。その一歩手前で踏みとどまりながら、誰が使っても心地よい形にしていく作業はとても難しかったです。その分やりがいも大きかったのですが。
佐伯: 私も「見えているから気づけなかったこと」がこんなにあるのかと、毎回ハッとさせられました。
「無意識に慣れている不便さ」が、誰かにとっては「そもそも使えない理由」になってしまうことがある。一方で、その不便さを取り除けば、障がいのある方は初めて機器にアクセスできるようになり、障がいのない方にとっても毎日が少し楽になる。インクルーシブデザインは、そうやって身近な道具を一つずつちゃんと使いやすいものにしていくことなのだと、身をもって学びました。
― 次の製品も、すでに企画中とうかがっています。今後インクルーシブデザインに取り組むうえで、大切にしていきたいことは何でしょうか。
佐伯: 誰にとってもより良き社会をつくるため、世の中の不便を解消する製品を出していくことは前提として、「事業として成立させること」も重視していきたいと考えています。どれだけ優れたコンセプトでも、ビジネスとして継続できなければ生産を続けられず、数年後には市場から姿を消してしまいます。それでは、せっかく生まれた価値も一過性のものにとどまってしまいます。
だからこそ、適正な価格で提供し、量販店やECサイトで長く取り扱っていただけるラインアップにしていくことが重要です。「特定の方だけを対象としたニッチな製品」ではなく、結果的に多様なユーザーに選ばれる汎用的なプロダクトとして成立させる。その両立を図りながら、インクルーシブデザインの取り組みを事業として拡大していきたいと考えています。
エレコムグループは、今まで、そしてこれからも、より良き製品・サービス・ソリューション、より良き社会、より良き会社を追求しつづけます。

