当たり前にするために―
ナトリウムイオンモバイルバッテリー
開発者が語る、
安全への挑戦(前編)
モバイルバッテリーは日常生活から非常時まで役立つ、持ち運びできる予備電源です。しかし、相次ぐ火災事故を受けて、本来であれば心配することのなかった「安心して持ち運べるかどうか」がユーザーから問われるようになりました。
エレコムは製品の安全性の向上を目指し、最先端の電池素材などを積極的に採用しています。2022年には、長寿命で安全なリン酸鉄リチウムイオンモバイルバッテリーを発表し、「グッドデザイン・ベスト100」に選定され、さらにその中から選ばれる「グッドフォーカス賞 [防災・復興デザイン]」を受賞しました。
同製品で蓄積した知見をもとに、2025年には世界で初めてナトリウムイオン電池を採用したモバイルバッテリーを発表(※3)。熱に強く、広い温度域で安定して長く使える安全なモバイルバッテリーとして話題となりました。
今回は、モバイルバッテリーの開発の中核を担う商品開発部コンダクション課の田邉明寛さんと商品開発部次長の清水光則さんに、商品開発における安全性への思い、そしてモバイルバッテリー開発の展望についてお話を伺いました。
▲商品開発部コンダクション課の田邉明寛さん(左)と
商品開発部次長の清水光則さん(右)
安全なモバイルバッテリー開発の原点
― ナトリウムイオンモバイルバッテリーの開発の原点には、どんな思いがあったのでしょう。
田邉: いちばんの目的は「安全性を高めること」でした。きっかけは、数年前からモバイルバッテリーの発火事故が目立ち始めたことです。古いモバイルバッテリーを使い続けるケースに加え、猛暑の常態化なども要因のひとつだと見ています。ご存じの通り、リチウムイオン電池を使ったモバイルバッテリーは、温度が上昇したときに発熱し、さらには発熱の連鎖を引き起こすリスクがあります。
― 海外のオンラインショップで購入したものも危険だと聞きます。
清水: 品質や試験情報について不透明な製品が主に越境EC経由で流通していることは事実です。表示上は法規制に適合していると謳っていても、製造工程や品質基準の開示が十分でないケースが少なくありません。ユーザー側からは判断しづらいのが難しいところです。
田邉: 不具合発生時の情報提供や、リコールを含めた是正対応が十分に行き渡らないこともあるようです。事情のいかんを問わず、危険性のある製品が市場に残り続けるのは大きな課題だと感じています。
― なんとか食い止める方法はないんでしょうか。
清水: 危険な製品の流通停止や情報開示の義務化が理想ではありますが、今のところ現実的ではないので...。最終的にはユーザーの皆さんの「安全な製品を選ぶ目」が重要になります。たとえば、使用温度範囲やサイクル寿命(モバイルバッテリーを使用できる回数の目安)などの仕様開示があるかなどをチェックすることです。同時に私たちメーカー側も、そうした選定基準を分かりやすく提示する責任があると思っています。
「安全・安心」への道を拓いた、
リン酸鉄リチウムイオンモバイルバッテリー
▲リン酸鉄リチウムイオンモバイルバッテリー「DE-C39-12000シリーズ」(左)とナトリウムイオンモバイルバッテリー「DE-C55L-9000シリーズ」(右)
― 近年増加するモバイルバッテリーの問題を受け、安全性をより重視するようになったのですね。
田邉: それだけではありません。リチウムイオン電池に使われるコバルトやリチウムなどのレアメタルは、採掘現場での人権問題や環境汚染を引き起こし、社会問題となっています。そこで安全性が高く、コバルトフリーのため環境負荷の少ないリン酸鉄リチウムイオン電池に着目しました。
― 一般にはあまり馴染みのない素材ですが、他にどんなところに使われているのですか?
田邉: わかりやすいのは電気自動車です。2019〜2020年頃から、電気自動車でのリン酸鉄を使った電池の導入例が増えたことを知り、モバイルバッテリーにも活用できるのではと考えました。リン酸鉄リチウムイオン電池は熱に強く化学的に安定していて、熱暴走を起こしにくい。暑熱環境での実用例も増えていましたし、これなら従来のリチウムイオンより安心して使えるモバイルバッテリーが作れると確信しました。
▲「人にも自然にも優しいモバイルバッテリーを
目指していきたいですね」と田邊さん
清水: 実はリン酸鉄リチウムイオン電池を使ったモバイルバッテリー自体は、以前からありました。ただ、容量や出力が実用水準に届かないものが多かった。エレコムでは12,000mAh・最大出力20Wという日常使いの基準を満たしつつ、筐体・保護回路・熱設計まで製品全体の安全設計を最適化し、安全で普段使いしやすい製品に仕上げました。サイクル寿命は通常製品の約2倍以上の長寿命で、安全性と使い勝手の両立に手応えを得られました。
田邉: ですが、当時は製品の安全性は当然のものとされており、それをアピールするだけではユーザーに響かないという意見が社内からあがりました。そこで、まずは長く安心して使用できる点をアピールポイントとして前面に打ち出すことにしました。
― 発売後の反応は?
田邉: 好調でしたね。最初に反応してくださったのは、バッテリーの安全性に詳しいガジェット系のインフルエンサーの方や蓄電池の研究者の方々。その情報発信をきっかけに一般の方にも広がり、発火トラブルを経験したユーザーにも選ばれるようになりました。
清水: 大手通販サイトのレビューでも、「この価格帯で安全性を重視したモデルが発売された」という驚きの声が目立ちました。モバイルバッテリーの選び方が変わりつつあると感じた瞬間です。あの挑戦がなければ、ナトリウムイオンモバイルバッテリーを開発する流れにはならなかったと思います。
「安全」を起点に辿り着いた新素材―
人にも環境にもやさしい、
ナトリウムイオンモバイルバッテリー
― そこからナトリウムイオンモバイルバッテリーの開発に進む流れが生まれたのですね。
田邉: その通りです。リン酸鉄リチウムイオンモバイルバッテリーの発売で、安全性に対する手応えを得ることができ、「どれだけ環境負荷を下げられるか」「どこまで実用スペックを伸ばせるか」が次のテーマとなりました。そこで出会ったのがナトリウムイオン電池です。2022〜23年頃、協力企業からリン酸鉄バッテリーと同等の安全性で、より環境負荷の低い素材を使った新しい電池が出てきたという情報が入りました。ナトリウムイオン電池は、塩や海水など身近な資源を起点にでき、希少金属への依存を下げられる。さらに充電サイクルの回数を多くでき、長寿命化の余地があるとわかったんです。
― ナトリウムイオン電池を使ったバッテリー自体、まだ珍しいですよね。
清水: その通りです。現在は定置型の大型用途を中心に、施設向け蓄電池などで活用されるケースが増えています。ナトリウムイオン電池はサイクル寿命に強みがあるので、データセンターや研究施設など電力負荷の高い現場で力を発揮しますが、持ち運びに適したサイズのものはありませんでした。
田邉: 当社はファブレスメーカーですので、基礎研究は外部の協力企業に委託していますが、製品の企画や設計、検証は自社で行っています。そのため、協力企業と連携し、ナトリウムイオン電池の小型化を目指しました。開発当初提案されたナトリウムイオン電池は、500mlペットボトルほどの大きさで、とても持ち運べるサイズではありませんでしたが、技術革新や過去の知見をもとにした改良により、現在のサイズにたどり着きました。まだ、大きさや重さに課題が残りますが、安全性を重視した結果です。
― 完成したナトリウムイオンモバイルバッテリーは、性能的にも優れているそうですね。
清水: マイナス35℃〜50℃という広い温度帯で使えるので、雪山のような極寒環境でも安定して給電できます。内部で発熱が起きても熱暴走しにくい構造で、発火リスクの低減が期待できる点も特長です。
田邉: そして何より寿命が長い。一般的なリチウムイオンモバイルバッテリーが約500回程度の充電サイクルなのに対し、ナトリウムイオンモバイルバッテリーは約5,000回。「環境にやさしく、安全で、長く使える」。この3点を、持ち運び可能なサイズでも実現できる見通しが立ったのは、大きな一歩だったと思います。
- 1 出典:独立行政法人製品評価技術基盤機構 PSマガジン(製品安全情報メールマガジン)Vol.481 7月22日号「リチウムイオン電池搭載製品の事故」https://www.nite.go.jp/jiko/chuikanki/mailmagazin/2025fy/vol481_250722.html
- 2 出典:東京消防庁 住宅でも注意!リチウムイオン電池関連火災(2025年12月2日更新)https://www.tfd.metro.tokyo.lg.jp/lfe/kasai/lithium_house.html
- 3 ナトリウムイオン電池を採用したモバイルバッテリー(製品)/容量 9,000mAh ・ USBType-C対応(45W出力・30W入力) に関する市場調査「世界初」検証調査 (㈱未来トレンド研究機構 調べ)※2024年11月27日時点

