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2026.01.06

"あたたかい"〈家〉から始まる未来の物語。「東紀州こどもの園」が紡ぐ、子どもたちと地域の希望

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"あたたかい"〈家〉から始まる
未来の物語。
「東紀州こどもの園」が紡ぐ、
子どもたちと地域の希望
Introduction

エレコムグループがパーパスとして掲げる"Better being"。それは、より良き製品やサービス、ソリューションなど通じて、一人ひとりの暮らしをより快適で充実したものにし、世界の人たちを幸せにするという約束です。その思いは、製品・サービス開発や販売の領域だけにとどまりません。社会の一員として、未来を担う子どもたちの"より良き暮らし"に、どう貢献できるのか。

その問いに対する一つの答えが、三重県熊野市にあります。

2024年4月、深く豊かな緑と碧い海が広がるこの地に、一つの〈家〉が産声を上げました。建築家・隈研吾氏が設計を手がけた児童養護施設「東紀州こどもの園」。地元の紀州材がふんだんに使われ、柔らかな曲線を描くその建物は、従来の施設のイメージを根底から覆す、温もりと明るさに満ちています。

時代が求める"救い"とは何か。建築という"器"は、子どもたちの心に何を育むのか。そして、この〈家〉は、地域にとってどのような希望の灯火となるのか。現場を支える3人の言葉から、その挑戦の物語を紐解いていきます。

▲取材に応じていただいた3名。写真左から「東紀州こどもの園 児童家庭支援センターきしゅう」センター長の松井雅和さん、
「聖マッテヤ子供の家」施設長の山本律さん、「東紀州こどもの園」統括責任者の黒宮英二さん

なぜ、この〈家〉は必要だったのか? 児童虐待のリアルと東紀州の現実

「東紀州こどもの園」の物語は、エレコムグループ創業者であり、取締役会長の葉田順治が抱えていた、故郷にまつわる一つの"思い込み"から静かに動き始めました。統括責任者の黒宮英二さんは、葉田会長と初めて会った日のことをこう振り返ります。

「2020年のことです。葉田会長が、我々が運営している児童家庭支援センターに突然お越しになりました。地元出身の有名企業の経営者さんですし、地域貢献の活動をされているとも聞いていたので、是非ともこの地域における児童擁護の"現状"を知っていただきたいと思い、さまざまなお話をさせていただいたんです。その時の葉田会長の反応が、とても印象に残っています。大変驚かれた様子で『まさか、自分の田舎で児童虐待があるなんて思ってもいなかった』とおっしゃったんです」

▲「東紀州こどもの園」統括責任者の黒宮英二さん

自然豊かな地域には、人と人とのあたたかいつながりがあり、児童虐待とは縁遠いのではないか。そう思うのは、おそらく葉田会長だけではないでしょう。しかし東紀州の穏やかな風景の裏側には、支援を必要とする子どもたちの静かなSOSが存在していたのです。

そのSOSの背景には、二つの大きな課題がありました。一つは、そもそも、この地には支援を届けるための「場所」が存在していなかったこと。そしてもう一つは、虐待そのものの姿が、かつてと大きく変わってきているという現実です。

センター長の松井雅和さんは、この地域が抱えていた物理的な課題をこう語ります。

「三重県には11の児童養護施設があるのですが、伊勢よりも県南には一つもありませんでした。つまりここ熊野市をはじめとした"東紀州エリア"は、児童養護施設の空白地帯だったんです」

▲「東紀州こどもの園 児童家庭支援センターきしゅう」センター長の松井雅和さん

そして、もう一つの課題。それは、現代の児童虐待問題の複雑さです。

施設長の山本律さんは、自身の少年時代を振り返りながら、その変化を語ります。

「児童虐待の定義は時代とともに随分変わっています。例えば私たちが子どもの頃に、有名な"スポ根"アニメがありました。当時、父親が子どもを指導のため平気で殴るというあの作品の世界観は、当たり前とまでは言わないまでも、『教育の一環なのだから"あり"』というのが、世間の認知だったと思うんです。でも時代を経るにつれ、『それはやっぱり違う』っていう話になってきた。当時の"常識"は、今では通用しません。現在では、手を上げること以外の児童虐待も多いのです。例えば、子どもの前で夫婦が激しく罵り合う『面前DV』なども、心の傷を残す心理的虐待と定義されるんです。これまで軽視されがちだった形の虐待が、ようやく社会的に認知されるようになったわけですね」

全国の児童相談所が対応した虐待相談件数は、2023年度には22万件を超え、過去最多を更新し続けています。その中身を分析すると、目に見える暴力だけでなく、子どもの心を傷付ける「見えにくい虐待」が増えていることが分かります。山本施設長は、そうした問題が地域の中で見過ごされている可能性を指摘します。

「大阪や東京の児童養護施設は、もう常に子どもたちでいっぱいなんですよ。あふれるぐらい。でも、三重県では割と空いている。児童の人数自体が人口減少に伴って、すごく減っているということはあるだろうなと思ったんですけれども、だったら、大阪でも東京でも、児童虐待が減ってるはずですよね。でも児童虐待の件数は増えている。『じゃあ三重県はなんで減ってるのか?』という話がこの間も施設長会議に出て。実態として、本当に減っているのか? それって単に『見えにくい虐待』を捕捉できてないだけなんじゃないかっていう話も出たりしていて」

▲「聖マッテヤ子供の家」施設長の山本律さん

見過ごされているかもしれないSOS。手を差し伸べるべき子どもたちが、すぐそこにいる。だからこそ、この地域に、安心して駆け込める場所が、どうしても必要だったのです。

建築という"器"が育むもの  「自分の場所」だと誇れる〈家〉へ

故郷・東紀州が抱える現実を知った葉田会長は、この地域に求められている「施設」をつくることを決意します。

それは、単に子どもたちを保護する「施設」ではなく、居場所を失った子どもたちが、すすんで帰りたいと思える場所。子どもたちが「自分のふるさと」だと思えるような、そして「あそこで育ったんだ」と誇れるような〈家〉をつくる決意だったのです。

「児童養護施設は、どちらかというと閉鎖的なところが多いイメージじゃないですか。だからこそ、私は、子どもたちがのびのびと遊べる、開放的な空間をつくりたいと思いました。子どもたちを地域の宝として、しっかりと育める場所をつくりたかったんです」(葉田会長)

子どもたちの尊厳を守り、自己肯定感を育み、そして何より「自分の帰る場所だ」と思える〈家〉をつくる――そのビジョンを実現するためには、ただ機能性だけを備えた建物というだけでは不十分でした。施設で暮らす子どもたちが健やかに、そして地域に根ざして暮らすためにも、東紀州という場所が持つ背景や意味を丁寧に受け止め、考え抜く必要があったのです。自然と行き着いたのは、紀州材を使い、木の温もりに満ちた開放的な児童擁護施設をつくることでした。

この時、葉田会長が頭に思い浮かべたのが、世界的な建築家・隈研吾氏だったのです。

▲隈研吾氏設計の建物。背景にある山の稜線と平行になるよう建物上部の角度をつけることで、自然との調和が取られています

地元・紀州の木材をふんだんに使い、子どもたちがそこで育ったことに誇りを持てるような施設をつくるというプロジェクトの趣旨は、自然素材を愛し、建築を環境に溶けこませることを哲学とする隈研吾氏の心に深く響きました。その瞬間、隈研吾氏の頭の中に、この〈家〉の設計思想が誕生します。その核心にあるのは「『開かれる』と『守る』の両立」というテーマです。

「守る」とは、心に深い傷を負った子どもたちを、あらゆるリスクから保護すること。一方で「開かれる」とは、地域社会との壁を取り払うことを意味します。「守る」は児童養護施設として前提となる条件ですが、「開かれる」については、ある意味で「守る」の対極にある概念とも言えます。

しかし、開所から1年を超えた今、子どもたちの日常の中に「開かれる」光景が確かに存在していると、松井センター長は語ります。

「今いる子は、友達を連れてきて、一緒に遊んだりしていますよ。それって、自分の家だと思ってくれているからだと思うんです。子どもたちの間で『今から行って良い?』『良いよ』みたいな会話が交わされていたりもします。子どもを送り迎えしているお母さんと一緒に遊びに来る子もいますね。美しい建物に惹かれて、施設の前で足を止める近所の方もいるようです。この『東紀州こどもの園』が開かれた場所になってきているなと実感しますね」

▲エントランスは、地域の子どもたちや親たちが気軽に遊びにこられる設計になっています

門も塀もない、開かれた佇まい。それは、従来の閉鎖的な児童養護施設のイメージを刷新し、「特別な場所」ではなく「地域にある"あたたかい"家」としての風景をつくりだしています。そのことをそっと示す光景が、秋に行われる地域の伝統行事でも見られました。

「『たばらして』という地域の収穫祭があるんですよ。この地域の方言で『ちょうだい』って意味で、子どもたちがお菓子をもらいに家々を訪れる風習です。『東紀州こどもの園』は、地域のお店から毎月お菓子をたくさん寄付していただいているんですが、うちの子らだけでは食べきれない。そこで『たばらして』の時に、お菓子を袋に詰めて、近所の子どもたちに配ったんですね。結構たくさん用意したんですが、あっという間になくなってしまって。もちろん、うちの子らも地域のお宅を回ってお菓子をもらっていました。地域とのつながりをしみじみ感じられるお祭りでしたね」(山本さん)

地域との自然な交流が、少しずつ根を張り始めていると山本さんは言います。建築という美しい"器"が、子どもたちの自尊心を静かに、しかし力強く育むとともに、地域とのつながりも優しく後押ししているのです。

地域に根ざし、未来を紡ぐ "当たり前の存在"になるために

この〈家〉が地域に開かれているのは、居場所を失った子どもたちのためだけではありません。併設された児童家庭支援センターは、地域で暮らす子育て家庭にとっても心強い場として機能しています。「開所から1年余りですが、相談件数は月に100件にも達しています」と黒宮さん。

「にっちもさっちも行かなくなってから来られたとしても、精一杯やります。ですが、そうなる前に相談して欲しいんですよね。ちょっとしたことでもいいんです。子どもが懐かないとか学校に行かなくなってきたとか、本当に些細なことでも良いので。直接訪問するのが、気が引けるなら、電話でもメールでもして欲しい。そうした相談から『だったら遊びに来てくださいよ』みたいな形にできると良いなと思っています。私たちは『東紀州こどもの園』をそういう場にしたいんです」(黒宮さん)

児童虐待が深刻化する前に、その芽を摘むこともまた、この施設が担う重要な役割なのです。

そして職員たちは、ここで暮らす子どもたちに対して、明るい将来を見据えながら、あたたかな眼差しを注いでいます。

「『東紀州こどもの園』も開所から早1年半。今いる子どもたちも、何年かしたら巣立っていくんだなと感じることが多くなってきました。いつか大人になってここを訪れた時に、『実家に帰ってきた』って思ってもらえたら嬉しいなと思っています」(黒宮さん)

自然豊かな東紀州での思い出、ここで育ったんだという誇り、そして何より「いつでも帰ってこられる場所がある」という安心感を子どもたちに抱いてもらうこと。それこそが、この場所が目指す究極のゴールなのかもしれません。

この世の中に、神様はいると思うか?

▲施設で暮らす子どもが可愛がっているメダカ

「おそらくこの地に施設ができる時には『そんなものができたら困る...』という危惧もあったんじゃないかと思うんです。東京でも、児童相談所をつくろうとしたら猛反対にあったみたいなことがありましたよね。街のイメージが落ちるとか、地価が下落するとか言われて。

この地区にも『なんであんなとこに』と感じていた方がいらっしゃったと思うんですよ。そういう方々にも、なるべく『東紀州こどもの園』について知っていただいたり、見に来ていただいたりして、子どもたちがここで元気に暮らしてるよって分かっていただけたら良いなって思っています」(山本さん)

山本施設長の願いは、「東紀州こどもの園」が地域の空気にそっと溶けこむこと。この地に暮らす方々に「特別な存在でなく、当たり前にある場所だ」と感じて欲しい、という切実なものです。

このプロジェクトは、エレコムグループが掲げる"Better being"の思想を体現する挑戦でもあります。それは、単に物質的な豊かさだけでなく、心の安らぎや、社会とのつながり、未来への希望といった、人が人として尊厳を持って生きていくための「より良き状態」を、社会全体でどう築いていくかという問いかけなのです。

取材の終わりに、統括責任者の黒宮さんは、深く心に残るエピソードを語ってくれました。

「ここにいる子どもたちは、"子どもは親から無償の愛を受けるもの"と言われている世の中にあって、その親から苦しい仕打ちを受けてきました。私は信仰心が厚く、神の存在を信じています。だからこそ、そんな子どもたちが、信仰について、どんな思いを抱えているのか、どうしても知りたくなってしまった。そこで『神様や仏様が本当にいると思うか』って尋ねてみたんです。すると全員が『いる』って答えたんですね。その言葉を聞いた時、私は救われたような気分になったんです」

「我々がここに来たのも『この東紀州で子どもを助けなさい』という"お導き"だったのだろうと感じたんですね。だから、私にとっても、こういう施設に携われたことは、すごく良かった。どんな地域でも、たとえ田舎であっても、人が暮らしているところには、苦しみを抱える子どもがいる。その子たちを守り、育てていく場所をつくることは、まさに『愛のみ業』なのではないかと思っています」(黒宮さん)

どんな過酷な状況にあっても、子どもたちはそれぞれの信じる心を胸に、希望を手放しません。その純粋な魂を守り、育むことこそ、大人の責務なのでしょう。

「東紀州こどもの園」は、単なる児童養護施設ではありません。それは、一人の経営者が抱いた子どもたちを助けたいという思いから始まり、世界的な建築家の哲学と、福祉の最前線で戦う人々の情熱が結実した、未来を照らす希望の灯火です。

この"あたたかい"〈家〉から、きっといくつもの希望の物語が始まっていくことでしょう。私たちがその物語の、良き隣人であり続けるために何ができるのか。その問いは、今、社会全体に優しく、そして確かに投げかけられているのです。

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